「ぜんそく」という言葉は、当時の自分にはまだぴんと来なかった。診察を終えて会計待ちの座席に座っている時、母が妹の手を握って、父の横顔を、果てのない悲しみのような表情で、見つめていた。

 父は、一言、「嘆いても何も始まらんぞ」と言い切った。それは突き放しているようで、どこか温かみのある言葉だった。
 翠たち四人家族は、黙り込んでいた。

 帰り道、母がレストランで昼食を取ろうと言い出した。

「だってこんな時間になっちゃったじゃない」と明るく言い、近くの大型ファミリーレストランを見つけた。その声はどこか無理のある明るさだったが、父も合わせて、「お前たち、何が食べたい?」と優しく問いかけた。

 翠は妹の手を握って車道側を歩きながら、「ラーメン」と言った。すると両親はおかしそうに、「もう少しほかのものも食べなさい」と笑った。
 
  翠はどことなくほっとした。妹は頭が痛むのか、翠の手をギュッときつく握りしめて、俯いていた。

 昼時が近い病院からの帰り道は、車が頻繁に走っていて、翠は、歩行者の白線の内側に妹を歩かせた。親からのいいつけで、それはもう身に沁み込んでいた習慣だった。