記憶の中の妹は、いつも泣いていた。

 厳格な祖母に叱られ、両親も働いていて家を留守にしていたため、泣きつく先は必ず兄の自分のところだった。
 
 翠はその時、この無力で小さな妹を突き放したら、置いていったら、どうなるのだろうという思いにかられた。

 それは唐突で、現実味のない邪念だったけれど、やけにリアルに翠の頭にこびりついていた。

 祖母は、妹のほうをよく叱っていた。泣きわめく頻度が自分より多かったからだ。翠は身体の具合の悪さでだるく沈んでいたことはあっても、喘息が起こる夜以外は、わりと静かだった。悪目立ちしていたのは、たいてい妹だった。

 翠の記憶に鮮明に残っているのは、大学病院の診察室だ。

 大人の男の先生が、聴診器を翠の胸に当てて、真剣な顔で考えていた。診察台のベッドに寝かされ、何やらごちゃごちゃした機器をつけられた。あの時の母の不安そうな顔は、ずっと翠の脳裏に焼きついている。妹も一緒に連れられて、父の付き添いで診察を受けた。