佳純は声も立てずに泣いた。幼い頃から誰にも知られないように泣くのは得意だった。部屋の片隅で、じっとうずくまっていた。ぽろぽろと落ちる涙は手の甲に落ちて、服の袖に落ちて、温かかった。
 バスは、住宅街へと入った。停車ボタンを押し、降りた。空を見上げると、厚めの雲の中から、太陽が丸い輪郭を伴って、光を注いでいた。

 もう、大丈夫。

 誰かの声を聞いた気がした。
 それは夕莉だったり、翠だったり、聡子や稔だったりした。その声は形を変えて、佳純のそばに佇んでいた。
 この言葉とともに、歩いて行ける。
 涙は乾いていた。佳純は深呼吸をして、しっかりとした足取りで、家へと歩いていった。

 さようなら。また明日。もう、大丈夫。


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