バスの中はがらんとしていた。こんなに空いているのは初めてだ。乗っているのは二組の年寄り夫婦と、一人の若い男性だけだった。
 一番前の座席に座った。ぐっと体重を乗せて、ポコッと突き出た最前席に腰を下ろすと、真昼の日差しが、窓からまぶしく道を照らしていた。
 これからは、帰る時間帯は夕刻の始めだろう。空は少しずつ暗くなるのが早くなっている。秋は深まり、冬が近づいている。三学期は真冬の一番寒い時期だ。今年は雪が降るだろうか。

 夕莉のことが好きだった。
 翠のことも好きだった。
 二人を心から愛していた。
 目の前の景色が歪み始めた。
 
 にじみ出た涙は佳純の頬を濡らし、バスの車内の薄暗い沈黙は、エンジン音が響くだけで、誰一人として騒がなかった。
 周り中が他人であることで、救われるものもあるのだ。佳純はそれに、気づいた。
 
 あの息苦しかった実家。皆が監視者のように佳純の家を見張っていた。
 ここでは誰もが他人だった。聡子と稔でさえも。
 やっと、一人で泣くことができた。
 家に帰ろう。新しい家に。未来を、生きなければいけない。