それで主人公は悲しみの淵をさまよいながら、最終的にお兄さんの亡霊を見て、彼の魂の言葉を聞いて、この世界で生き抜くことを決心するの。
 それ以来、もう二度とお兄さんの言葉を聞けなくなっちゃうんだ。そこで終わり」
「……何か、悲しい話だね」
「うん、でもね」

 夕莉が何かから解放されたように、爽やかな笑顔を見せた。

「私、救われた。上手く言えないけど、お兄ちゃんが私に何を伝えたいのか、何となくわかったから」

 それにね、と夕莉は続けた。

「メモが挟まれてあったの」
「……メモ?」
「うん。本から落ちないようにセロテープで貼っていてさ。最後のページの、作家と編集者の名前や、発行人とか、印刷所の名前が記載されているページ。そこにノートの切れ端みたいなやつがあって、お兄ちゃんの字が綴られていた」

 夕莉は前を向き直して、懐かしむように言った。

「生きて、元気に暮らせ。もう逢うことはないだろう」

 佳純は、胸がキュッと締めつけられるような、途方もない気持ちになった。

「これ、作中の登場人物の台詞なんだよ。あの人ってロマンチストだったんだね」と夕莉は少しおかしそうに吹き出した。