横になっているうちに、授業が終わるチャイムが鳴った。結局眠れなかったが、頭痛はだいぶ治まり、夕莉はゆっくりと起きて、制服のスカートを整えた。
 外していたリボンタイをつけ、枕元に畳んでいたブレザーを羽織って、カーテンを開ける。

「具合はどうかしら?」保険医の言葉に、
「よくなりました。次の授業は出られそうです」と返して、ソファーに座った。
「兄が迎えに来てくれると思うので、ちょっと待っていていいですか?」

 そう言うと保険医は、「お兄さんがいるのね。仲が良いのね」と穏やかに微笑んだ。

 夕莉は誇らしい気持ちになるのを抑えられなかった。そう、いつだって兄は迎えに来てくれる。弱くて情けない自分をビシッと叱ってくれる。同じ日に同じ時間帯で生まれて、まるで運命のように持病を患って、それでも自分よりはいくらか丈夫な兄。兄が導いてくれるから、さっきのように、デイケア組だということを暴露されても、かろうじて負けなかった。
 あとで兄に言いつけよう。そういえばあの男子、なぜデイケア組だと知っていたのだろうか。

 悶々としていると、体育の授業を終えた翠がやって来る気配がした。不思議と、翠の迎えはすぐにわかるのだった。足音や歩き方で判断するのではなく、直感で察することができるのだ。

「夕莉」

 扉が開いて、翠が顔を出した。夕莉は立ち上がって、体操着のままの兄のそばに行く。

「次の授業はちゃんと出ろよ」
「うん」

 自分と同じくらいの背丈の翠を見て、あの男子は上級生なのだろうかと考えた。保険医に「ありがとうございました」と挨拶をして、教室に戻る。渡り廊下を渡って地下へ降りる時、翠に内海のことを話した。すると翠は「それ、多分ボランティア部だろ」と答えた。

「ボランティア?」
「うちの学校、デイケア組があるくらいだから、そういうことに力入れてるんだよ。ボランティア部は、一年から三年までいて、そいつは多分、二年か三年だな。今年入ったデイケア一年の名簿でも見たんだろ。青花って名字は珍しいから」
「ふうん」

 夕莉が納得したように相槌を打つと、翠は続けた。

「ボランティア部は週に一度、俺たちのクラスに来て、親睦会みたいなのするんだってよ。ふれあいトークに、一般クラスが入ってくるような感じ」
「えぇ……?」

 夕莉は顔をしかめた。「一般人」という、丈夫で健康で、遠慮がない無粋な人間が、自分たちの世界に入ってくるということに、夕莉はまったくと言っていいほどいい印象を抱けなかった。

「いつから来るの?」
「今週だろ」
「早……」
「お前、何も知らなすぎ」

 翠はあきれたように妹を見た。

「入学式の日に全部説明されただろ。ガイダンスにも書いてあったし。ちゃんと見ろよな」と深い溜め息を吐く。
 夕莉は「えへへ」と誤魔化すように笑った。

 一度も告げたことはないが、翠に叱られるのは好きだった。両親が怒る時はひたすら怖いが、翠の怒り方はどこか可愛げがあって、嫌な気持ちにならなかった。

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