「高校の時から俺は母親の役目だったからな」
と、兄のまんざらでもないような声が返ってきた。

 デパートから出ると、外はだいぶ暗かった。
 今日もいい天気だ。空は青く澄み渡り、夜に差し掛かる海の底のような群青色が、星を一つ二つ輝かせていた。
 
「お前、よく空を見るよな。そんなに綺麗?」
「うん。とても」

 顔を上げて、建物の間から見える夕空を目に焼きつけると、佳純は兄と歩き出した。

 帰り道を長兄に送ってもらいながら、佳純は訊くべきかどうか迷っていた。
 母がどうして死んだのか、自分は誰に憎まれていたのか、思い出すべきことはすべて思い出していた。

「お兄ちゃん、家の前まで送ってくれる?」
「ああ、いいよ」

 長兄は快く承諾して、一緒にバスに乗って、佳純の住む住宅街までついてきてくれた。
 バスに揺られている間、二人は当たり障りのない世間話をして、その場をしのいだ。長兄も感づいている。佳純が過去の記憶を取り戻したことに。
 バスを降りて、聡子たちの待つ一戸建ての家の前に、二人は向かい合った。