翌日の体育の授業はバスケだった。

 夕莉はいつものように見学で、体育館の隅っこに正座していた。翠と佳純は出席している。この授業も一般クラスのような本格的なものではなくて、仲間とパスの練習をしたり、シュートを入れる回数を競ったりする程度だった。
しかしそのレベルの運動も、夕莉はこなせない。昔から身体を動かすと、決まってひどい頭痛に襲われるからだ。

 今もズキズキと鈍い痛みがうずいている。体育館の中は熱が溜まっていて、埃臭くて暑いくらいだった。夕莉は制服のブレザーを脱いで膝にかけ、ベスト姿になった。あらかじめ持っていた保冷剤を側頭部に当て、時間が過ぎるのを待つ。翠は華麗にシュートを決めていた。佳純もほかの女子と楽しそうにパスを回している。

「おい青花、大丈夫か?」

 体育教師がちらりと視線をやって、夕莉に声をかけた。かなりひどい顔色なのだろう。教師は心配そうな顔をしていた。

「すみません、保健室行ってもいいですか?」
「そうしなさい」

 夕莉は一言断わり、プレイ中の皆の邪魔にならないよう、そろそろと動いた。
 体育館を出て、廊下を渡り、一階の保健室へ向かう。移動教室に使う施設は、デイケア組と一般クラスに分かれていない。すべて一緒だ。今日のように体育館や保健室など使う場合は、一般クラスの生徒と出会うことになる。それが緊張したが、使わないわけにはいかないので、仕方なく行く。

 一階に着いて、デイケア組の教室の道にある、保健室の扉を開いた。微かな薬品の匂いと、落ち着いた色合いの部屋に、どことなくほっとした。
 ここの保健室はかなり大きい。ベッドが全部で五台あり、間隔も広く開けられている。休憩スペースは十人ほどが座れる、長方形の真っ白なソファーがあり、女性の保険医二人が、受けつけのように入り口付近のデスクに座っている。

 保険医の一人が「頭が痛いの?」と、すぐに夕莉の状態を察してくれた。
「はい。ちょっと」と言うと同時に、右側頭部がズキンと激しく痛んだ。

「一年の青花です。あの……。頭痛もちで、これからたくさんお世話になると思うんですけど」

 言葉を濁しながらそう告げると、保険医は、

「実はベッドが空いてなくてね。どうしましょう。ソファーで横になる?」

と困ったように視線をうろつかせた。デイケア組の子が使っているのだろうかと思いながら、「じゃあそうします」と言って、ソファーに座った時だった。

「ベッド空きましたよ」

 翠の声とよく似た低温ボイスが聞こえた。
 ふと後ろを振り返ると、何やらきつそうな外見をした、背の高い男子生徒が立っていた。
 寝癖のついた黒髪を手で直しながら、ふわ~と、間の抜けた欠伸をしている。

内海(うつみ)君、具合は治ったの?」

 保険医が「まだ三十分も経ってないけど」と戸惑っている。
 内海と呼ばれた男子生徒は目をこすりながら、

「俺、眠くてサボっていただけだから。この人のほうが具合悪そうだし」とぼやけた声で言った。そして、

「あと俺の勘なんだけど、その人、デイケア組でしょ?」と何の悪気もない調子で暴露した。

「まあ、あなた、そうだったの」

 保険医がさらに優しい顔になった。夕莉は気まずくなって、思わず内海をにらんだ。内海のほうも「あ?」と威圧的な視線を向けた。しばらく両者はにらみ合った。

「せっかくベッドが空いたんだし、青花さん、しばらく寝ていましょう」

 保険医があわてたように夕莉を促した。ふんと鼻を鳴らして、内海のほうをすり抜け、彼がいたベッドに横になる。保険医がカーテンを閉める際、夕莉はちらりと内海のことを再び見た。
 彼はすでに背中を向け、「じゃあさよなら~」と扉を開けて、ひらひらと手を振っていた。

 まだ成長途中の夕莉とは対照的に、程よく筋肉もあり、大人びた身体つきだった。その広い背中を一瞬だけ見つめ、ふと、兄の翠も、成長したらこんな感じになるのだろうかと、思った。
 カーテンが完全に閉まると、すぐに夕莉は寝る体勢に入った。内海の体温が少しだけシーツに残っていた。

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