そのバランスが、母の死をきっかけに、あっけなく崩壊した。

 まるでトランプカードのタワーが崩れるように、一瞬で何もかもがなくなった。
 
 しばらくは父と兄たちの膠着状態が続いた。

 大らかでどっしりとした父は、母を失ってから、ピリピリと殺気を放った男に変貌した。
 
 喧嘩に明け暮れる中、母親の役目は、だんだんと長兄と次兄二人が担うことに決まった。
 
 佳純の幼い頃の記憶は、男たちの怒鳴り声と、罵声だった。
 
 部屋の隅で震えるように息をしていた。お母さん、と何度心の中で口にしていたか知れない。

 ランドセルを買ってくれたのは、父だった。小学校入学の時には、父はだいぶ落ち着き、佳純を連れてランドセル売り場へ行った。

 どんなやつがいい? と尋ねる父は、ごく普通の優しいお父さんのように見えた。佳純と接する時だけ、父は親の感性を取り戻していた。

 入学式には長兄と次兄が来てくれた。父は仕事だった。一年生のクラスへ行き、自分と同じ年齢の子どもたちがわらわら集まっている光景を、不思議な気持ちで見つめていた。