夕莉が息をのんだ。これを話したら自分は息ができなくなるのではないかと思っていたが、意外にも頭は冷静で、呼吸は正常のままだった。

「私の家はここからすごく遠い田舎の村でね。兄が五人いて、両親と八人家族だった。大家族だったから珍しいってよく言われていたな。
 でも、お母さんが死んじゃってから、お父さんが狂っちゃって。兄たちに事あるごとに八つ当たりしていたの。
 私は台風の目のような立ち位置で、私だけ父に愛されていて穏やかだった。
 それで、落とされちゃった。二階から」
「……誰に?」

 夕莉がおずおずと訊いてきた。佳純はありのままの心情を述べた。

「それが、わからないの。
 突き落された時に覚えているのは、夕暮れ時の、夜が迫った暗い空と、やけに綺麗な夕焼け。
 そして、家の庭の、大きな蜜柑の木。その木に引っかかって私は助かったの。
 八歳の時だったから、記憶に残っているのはそれくらい。
 誰に落とされたのかは、誰も教えてくれない。自分で探し出すしかない」