彼女のあきらめに満ちた声に、佳純も思わず過去の一部を吐きだした。

「私も、ずっと兄に嫌われていたから大丈夫。あなただけじゃないよ」

 夕莉が驚いたように身体を起こした気配が、カーテン越しに伝わった。佳純は「そろそろ帰れる? あとで先輩たちにメールしておこう」と言って、夕莉の学生鞄を持ち出し、ソファーから立ち上がった。

 カーテンが開いて、夕莉が泣きはらした目でベッドから下りた。「鞄、ありがとう」と言いながら佳純から荷物を受け取り、黙って状況を見守っていた保険医に頭を下げながら、二人は学校から帰った。
 
 帰り道、佳純は校門を抜けようとした夕莉を止め、こっそりと、後夜祭で盛り上がっているグラウンドへ足を運んだ。皆に見つからないようにそっと、木の茂みに隠れたベンチに腰かけて、訥々と、夕莉に過去の家のことを話した。

 記憶をたどると、死んでもいないのに、まるで走馬灯のように、兄たちの顔が一人一人浮かんできた。
 
「私は」

 これは絶対に誰にも言わなかった過去だ。それを今、言う。友達のために。自分の分身のために。

「兄に、二階の窓から突き落とされたの」