新学期一日目の授業は、国語、数学、英語、情報だった。このクラスは午前授業のみで、午後は『生活体験クラブ』というデイケアサービスに変わり、音楽鑑賞をしたりDVDを観たりする。一番多いのは『ふれあいトーク』という自己紹介のようなスピーチで、自分の好きなものや、はまっている趣味などを打ち明けるのである。
一般クラスよりも一時間早めに学校は終わり、生徒たちはほとんどどこにも寄り道せずに、まっすぐ帰る。中には親が車で迎えに来てくれるケースも少なくない。
夕莉と翠は両親が働いているので、夕方の家事をするために家に直帰する。誰かと遊んで帰るなどという発想は、今まで一ミリもなかった。
それが今、二人のそばに歩いている女子生徒が一人。
「青花さんたちはどこに住んでいるの?」
佳純がふんわりと笑って、当たり障りのない質問を口にした。
「モノレール線のところ」
夕莉が黙っていると、翠が代わりに答えてくれた。
「わりと遠いね」
「でも三、四十分くらいだから」
翠が佳純に話を合わせているのを見て、夕莉はますます縮こまってしまう。佳純は空気を察したように「私はバスなの。また明日ね」と爽やかに答えると、バス停のほうへ歩いていった。
佳純の後ろ姿が遠くなると、翠があきれたように夕莉を振り返った。
「お前、もっとシャキッとしろよ」
「……うん」
「うじうじオドオドしているから、皆に舐められるんだよ」
「……ごめん」
翠は溜め息を一つ吐き、「まあ今回は大丈夫だと思うけど」と言って先を歩いた。夕莉も後ろについてくるように足を運ぶ。二人は肩を並べて、真昼の春の日差しに照らされながら、帰り道を進んだ。
伊織佳純は悪い人間ではなさそうだと、夕莉は自分の心に言い聞かせていた。
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