「ただあの時は、他人はすべて敵だったからさ。味方のいない世界がすごくつらくて、それで死の世界に憧れていたんだけどね」
「うん」
「お兄ちゃんは、多分、とっくに気がついていたんだよね。戦うしか道はないって」

 今日の夕莉はいろいろと話したい気分らしい。佳純は友達の昔話を真剣に聞きながら、また翠に会える日は来るのだろうかと考えていた。

「夕莉、きっとお兄さんと話せる時が来るよ」
「……そう?」
「うん。大丈夫」
「佳純って、大丈夫っていうの、好きだよね。口癖なの?」

 夕莉はおかしそうに尋ねた。

「そんなに口にしてた?」
「うん。だいぶ言ってるよ」
「じゃあ、好きなのかも」

 確かに『大丈夫』という言葉は素敵だ。悪夢に怯えていた頃、よく聡子たちから「大丈夫」と聞かされていた。その時の名残がまだあるのかもしれない。

「待ち合わせ場所はどこだっけ?」
「渡り廊下のところ。デイケア組の教室は閉鎖されちゃうから」

 夕莉の質問に佳純は答えた。時計を見ると、寝る時間はとうに過ぎていた。

「もうこんな時間だ。またね」