バスを待っている間、雨が降り始めた。一応屋根はついているのでなるべく身を縮ませて雨から避ける。やがてザアザアと本格的な降り出しになった頃、バスが遅れてやって来た。「お急ぎのところ大変ご迷惑おかけ致します。ただいま十分ほどの遅れでございます」と運転手のアナウンスのもと車内に入り、奥の二人掛けの座席に着いた。
 
 雨が窓に貼りつく様子を見て、佳純は、こんな時も雨が降っていたなと遠い日のことを思った。
 
 もう記憶から捨てたはずの、捨てたいと願っているはずの過去が、ぼやけた輪郭を持って佳純の頭の奥に鈍い痛みを与えた。

   ○

 長男の兄とは十二歳の差があった。そのせいか長兄のことはほとんど親のように思っていた。長兄は次兄とともに、いなくなってしまった母の代わりの家事や役目を全うしていた。この二人の兄は佳純にとって母親のようなものだった。

 三兄と四兄とはほとんど話していない。この二人は反抗期が激しく、夜遊びに没頭して、しょっちゅう家を空けていた。