三十代後半くらいの男性医師は、あの時「あなたは運がなかっただけですよ」と言ってくれた恩人だった。左手の薬指にはめられた結婚指輪がきらりと存在感を放っていた。

「あのあと、悪夢は見ていないですか?」

 担当医はパソコンに佳純の現在の症状を打ち込んで、確認するように訊いた。

「悪夢は見なくなりました。ただ、明け方に起きる癖がついてしまって」

 初めの頃は自分のどんなことを話したらいいのか戸惑って途切れ途切れになっていたが、今ではすっかり言葉が口からすらすら出てくる。

「四時近くに起きてしまって、そのあと寝ようとするんですけど、眠れなくて。結局朝七時までぼうっとしています」
「夜は何時に寝ていますか?」
「十一時前には」

 担当医は「ふむ」とつぶやいてカタカタとキーボードを打ち込む。

「伊織さんの年齢は一番眠い時期ですから、確かにちょっと睡眠が足りていないかもしれませんね。授業中に眠くなったりもしないですか?」
「はい。元気です」
「家に帰って昼寝することは?」
「それもないですね」

 キーボードがまたカタカタと打ち込まれた。

「聡子さんと稔さんは優しいですか?」