居間のほうに顔を出すと、親代わりの五十代半ばの女性―聡子(さとこ)がソファーで洗濯物を畳んでいた。

「あら、お帰りなさい」

 聡子は佳純を見ると微笑み、冷蔵庫のほうを指差した。「アイス入ってるわよ。まだ暑いから」聡子の優しい声に「ありがとう。あとで食べるね」と返し、佳純は二階の自室へ行った。あの時の自分の家とは比べものにならないくらい広々とした部屋もようやく目に慣れてきたところだった。聡子が掃除してくれたらしい。床が綺麗になっていた。

「何でもしてくれるなあ。聡子さんは」

 佳純はボソッとつぶやくと、苦笑いを浮かべた。制服を脱いでハンガーにかける。部屋着に着替え、また一階へ降り冷蔵庫からアイスを取り出して食べた。バニラの味がじんわりと口の中に沁み出して、自然と笑みがこぼれた。

 佳純はアイスが好きだった。冬でも構わずアイスを食べた。しっとりとした口どけと甘い味が何ものにも代えがたい幸福だった。ほかに楽しむものがなかったというのもある。おもちゃやぬいぐるみなどは買ってもらえなかった。「金がないから駄目」という親の決まり文句に、いつしか佳純も兄たちもあきらめがついていた。