込み上げてくるものがあった。翠は上を向き、泣きそうになるのをこらえた。
 
 自分の女となった舞衣を抱きしめながら、いつまでも甘く柔らかい沈黙に浸っていたかった。
 
 やっと掴んだ居場所を離さないように、きつく抱き寄せるのが精いっぱいだった。

 夕莉。お前ももう、大丈夫だよ。

 翠は手の甲で涙を拭った。そして、舞衣と手を繋ぎ、公園を出て行った。

 舞衣の手は小さくて華奢だった。けれど翠の手を握る力は強かった。翠もまた、痛いほど握り返し、鎖のように繋がった掌は、誰の介入も許さなかった。

 誰も追いかけてこなかった。自分たちに気づかなかった。

 他人であふれた人ごみの中を、翠と舞衣は歩いていった。
 
 驚くほど気持ちがよかった。ここが、故郷だった。

 翠はふいに馬鹿笑いをしたくなった。

 ちゃんと満たされていたことに気づけなかったあの日々を、生まれて初めて、愛しく思った。
 
 自分がそう思っていられるのなら、あの子もきっと、生き返るだろう。
 そう信じている。
 
 気がつくと舞衣も笑っていた。街中のざわめきが、心地いいリズムのように、耳に浸透していった。