けれど今さら戻ることはできない。帰る家はない。自ら捨てた。この世の中で、本当に一人ぼっちだった。
 
 人の体温を感じた。

 舞衣が翠のことをきつく抱きしめていた。
 
 翠は腕を回して、舞衣の細い身体を引き寄せ、衝動のままに、頬に口づけをした。
 
「ごめん。無力で」

 舞衣の肩に顔をうずめて、翠は謝った。

 ずっと誰かに許しをもらいたかった。
 
 舞衣は何も言わず、翠の頭を撫でた。
 
 そして、首筋に柔らかいキスをした。
 
 くすぐったくて、温かかった。
 
 胸に何かが迫ってきた。
 
 俺は生き残れるのか、のたれ死ぬのか。
 未来は俺に対して優しいのか、残酷なのか。
 
 すべてはいまだ混沌としていて闇の中だった。ただ、舞衣が優しく微笑んでいた。嬉しそうに翠にキスを返し、翠のことを包んでいた。この優しさは、きっと過去にもあったのだろうが、いつしか記憶から抜け落ちていた安心感だった。
 
 女とは、安心させてくれる生き物なのだと、翠はこの瞬間、わかった。
 
 本当に優しいのは、女なのだった。
 
 母でも妹でも祖母でもない、赤の他人の女。