今朝、翠を保健室まで連れて行った彼の声だった。男子にしては少し抑え目な声が、溜め息交じりに吐き出された。

「体育なんかできるわけがないのに、聞かん坊みたいに出まくってさ、それでお約束のように倒れるの。笑っちゃうだろ」

 彼の友達が一笑した。

「女子たちがさあ、もう、かわいそうって感じで、優しくしてて。皆が皆そいつの面倒見てくれてるの。どこの箱入り息子だよ」

 まあ、顔がいいから。まさか一番楽そうだった係が、こんなことになるなんて思わなかったよ。

 二人の男が笑い合っている。翠のすぐ後ろで、翠と同じように本棚を眺めている。そして一冊の本を取り出して、翠のすぐそばを、気づかずに通り過ぎていく。
 
 一瞬、彼の持っていった本の背表紙が見えた。研究資料のようだった。
 
「外に出ようか」

 舞衣の声が聞こえた。聞き心地のいい柔らかな甘い声。

「今日、いい天気だし」

 翠が答える間もなく、舞衣は席を立ってスタスタと歩いていった。

 翠は凍りついて動かなくなっている全身を何とか動かし、強い衝撃を受けたような痛みに揺れている頭を抱えながら、彼女に追いつこうと図書室を出た。