真っ暗な世界の中で俺は心地よく眠っていた。
 ここが、何もないここだけが俺の精神が休まる唯一の場所なのだ。
 ──嗚呼、このまま、永遠に眠ってしまえれば……どんなに…どんなに楽なのだろう。
 ……生きていて何か良いことでもあるのか?とそう思う、昔も今も、そしてこれからも。
 だから俺はずっと欲していたのだ、永遠の休息と「よく頑張った、もう休みなさい」という肯定の言葉を。
 でもそんな物はいつだって俺の元には来なかった。
『お前は俺の分も長生きして、大切な人を守ってやるんだ』と、父からのそんな言葉が呪縛となって俺の足元に絡み着いて離れないのだ、離してくれないのだ。
 ──大切な人……大切な人か…。
 まず最初に思い付いたのは母だった。母は父が亡くなっても文句の一つも言わずに、女手一つで俺の事を大切に育ててくれている。感謝をしてもしきれない。
 後は誰かいるだろうか。
 ──星宮花。
 俺の問に俺自身の心の声がそう答えた。
 そうか、俺は彼女の事を大切にしていた…のか?花とはまだ会ったばかりなのに?
 ──本当にそうか?……あの既視感は気のせいだったというのか?
 きっと、きっと何かを見落としている。この問の答えを解く鍵を俺は既に持っている……気がする。
 もう少し、あともう少しでその鍵の正体が分かる。けれど
 ──嗚呼、ダメだ。
 その真っ暗な何もない空間の中に俺の意識が流れ込み、渦を巻いて俺を飲み込んだ。
 俺はその流れに逆らえないまま流されていく。徐々に辺りが明るくなっていき、そこで俺の意識は途絶えた。


 目を覚まして辺りを見渡す。何だか窓の外の景色が目まぐるしく変わっていく。
 ──俺とした事が、電車で寝てしまっていたのか。
 俺は横並びで座っている席でそんなことを思った。
──今どこの駅に向かっているんだ?
 そんなことを思った直後に「待っていました」と言わんばかりにアナウンスが車両内に響き渡る。
「次は桜河駅です。お出口右側です。」
「ああ、降りなきゃ」
 俺は寝起きのふらふらとした足取りで電車を降り、改札を出る。
 時間帯のせいか人がやたらと多い駅構内を人混みに流されながら歩いていく。
 正直もう帰りたかった。帰ってあの何も無い真っ暗な楽園で永遠に休んでいたい、そう思った時だった。
 ──何……で……?!
 人混みの流れの中で俺の目は確かに"彼女"を捉えた。
「待って、待ってくれ!」
 そう必死に叫ぶが"彼女"には届いていない。
「──!──!」
 名前を叫んでみるが、"彼女"はその瞳で虚空を眺めながらふらふらと歩いていく。
 必死に手を伸ばす俺を大勢の人が無情に流していった。
 どんどんと距離が離れていき、"彼女"が見えなくなる頃には俺は駅構内を抜けて外へ出ていた。
 雲間から太陽の光が射し、その光でふわふわと辺りを舞う雪が照らされた。キラキラと光る結晶たちは、時間に終われ忙しなく動いている大勢の有象無象を嘲笑うように照らしている。
 その幻想的な景色は酷く儚かった。その刹那的な美しさを何故か俺は"彼女"と重ねてしまっていた。
 数秒の間その場に立ち尽くした。
 凍えるような冷たい空気が俺の肌を刺す。その冷たさは俺の目を覚まし、頭を冷静にさせた。
 ──嗚呼、またあの夢か……。
 そう気づいた瞬間に俺の視界が暗くなっていく。
 ──また……また……ダメだった………。
 そこで俺の意識はブラックアウトした。