俺は自分のクラスを確認した後に校内を進み、自分の教室のドアを開けた。俺の拒絶の反動か、そのドアはやけに重たく感じた。
 ガラガラガラと、軽い音が教室に響き渡る。その音に呼応するが如く、すでに教室にいた人々はこちらに視線を送る。
 俺はその視線を気にも止めず自分の席を確認し、そこに座った。そして静かに、ゆっくりと教室内の様子を確認してみる。
 案の定、もう既に数人のグループがちらほらと出来始めている。中にはいずれこの監獄のカーストを制するであろう見た目の集団もいた。
 …あの手の人種は正直苦手だ。派手な事をしたり、他人を蹴落とせば格好いいのだと思っている。他人に害を及ぼすのを何とも思っていない。…あんな奴らがいるから、この監獄が出来るのだ。……だから、善人が損をするんだ…。
 そんな風に一人で憤りを感じていた、その時だった。

「や、また会ったね」
 俺の耳に透き通るような音色で奏でられたその言葉が入ってきた。その言葉で俺の身体の奥底から湧き出た熱が冷まされた。
「やあ、まさか同じクラスだなんてね」
 その声の主はやはり彼女…花だった。……というか、俺と一度会った事のある人間で初日に話しかけてくるような物好きは彼女くらいだろう。
「お、さっきよりは愛想がよくなってるね。…君は友達を作りに行かなくて良いのかい?」
 彼女は素直に疑問を感じている様子で割りと酷いことを聞いてくる。
「俺は友達とかそういうのは苦手なんだ…。それに、俺と仲良くなった人はあまり良い思いをしないだろう、君もあまり俺とは関わらない方が良いよ」
 僕は自分でも情けなくなりながらも彼女にそう返した。
「…花」
「え?」
「さっき星宮花って名乗ったんだから花って呼んでほしいんだけど!」
 …いや、そこ?っと思わず心の中でツッコミを入れてしまった。…彼女はどうやらかなりのマイペースらしい。
「ああ、ごめん、花さんだったね」
「…まあ、今はそれで良しとしよう」
「…今は?」
「うん、い・ま・は!私は君が何と言おうと君と仲良くするよ?…あんな出会い方もして何となく運命を感じるし、それに、私が君と仲良くしたいんだもん」
 ──私が君と仲良くしたい…。
 その台詞がやけに眩しかった。自分がしたい事は誰に何と言われようと実行する、その芯の強さが少し羨ましかった。……それは俺が過去に置いてきてしまった物だから…。
「わかったわかった、そうすれば良いさ。…でも俺もさっき神野荒野って名乗った筈たけど?」
 俺は彼女に感じた劣等感を悟られぬよう、努めて平静に返した。
 すると彼女はハッとした様子で頬を少し紅くした。
「…人に諭しておいて自分が実行してないとは申し訳ない……。ごめんね?荒野君」
 彼女が申し訳なさそうにそう言った直後、教室のドアが開いた。
「よーし、席に着いてー」
 担任と思われる男がそう号令を掛ける。
 すると彼女は慌てた様子で「じゃあまた後でね」と言い残して自分の席に戻った。
 …何だか山の天候みたいに慌ただしい人だ。
 そのせいだろうか、はたまた彼女のその瞳のせいだろうか、どうも彼女と話す時は調子が狂う。そして何よりかなり疲れる。
 俺はこの先の学校生活がこれまで以上に心配になった。