目が覚めると、俺の前には毎日違った景色が広がっている。
 毎日、見知った町の知らない場所で目が覚めるのだ。…それも見知らぬ誰かになって。

 今日は少し町並みが高く見える。
 自分が写りそうなガラスのドアの前に立ち、その姿を確認してみる。
 そこには薄手のパーカーに黒のチノパンを履き、黒いランドセルを背負った少年が写っていた。
 ──今回は小学生か…。
 そうして、自分が今どんな存在なのかを確認した所で俺は自分がやるべき事を自覚し始める。
 ──"彼女"に会わなきゃ…。
 そう、俺は"彼女"に会わなければならない。そして伝えなければならない。
 それを悟った俺は時間を確認し、その小さな体で走り出した。
 時刻は8時丁度、一時間の間で彼女に会わなければならない。
 だから知っている場所を目指して闇雲に走り続けた。

 気づけばいつも使っている駅の前に来た。
 荒れた息のまま辺りを見渡す。通勤通学ラッシュの駅は多くの人でごった返している。
 俺は必死に"彼女"を探した。
 低い背丈のせいで周りの人間がやたらと大きく見えて、その狭い視界でこの大勢の中から"彼女"を見つけることは最早不可能だ、そう思った時だった。
「……!」
 俺の視界は確かに"彼女"を捉えた。
 目まぐるしく駅前を行き交う人の中でも分かる、確かに俺が惹かれた"彼女"だ。
 
 俺は必死に"彼女"の名前を呼んだ。
 聞きなれない甲高い声は俺の鼓膜を振るわせるが、その声は人混みに揉み消されて彼女には届いていない。
 そのもどかしさが焦りを掻き立て、俺の鼓動はどんどんと強く、そして早くなっていく。
 それでも尚"彼女"の名前を呼び続けた。
 もう心臓が破裂しそうだ、そう思った時、彼女は何かに気づいたかのように辺りを見回した。
 そして確かに彼女と目が合った。
 そのくっきりとした深い瞳に意識が吸い込まれ、俺の視界は暗転していく。

 ──嗚呼、焦っていたせいで時間を気にしていなかった…。そうか、もう、時間か…。やっと、やっと会えたのに…。

 そう思ったのを最後に、俺は意識を失った。