「寂しそう……か」
アリストは小さく笑う。
「そんなことを言われたのは生まれて初めてだな。いいだろう、敗者は勝者に従うの通りだ。お望み通り、つまらない話をしよう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺が生まれたのは、代々優秀な騎士を輩出している家だった。
物心ついた頃から剣術の修行が始まり、十歳を超える頃には、大人と並ぶだけの力を手に入れていた。
魔術学校への入学も、聖域者になれたことも、たゆまぬ努力の結果だと自負している。
それも全ては、父のような立派な騎士になるためだ。
俺が生まれる前に片腕を失い現役を退いたが、騎士として多くの人々を、街を救った偉大な人だった。
そんな父に憧れ、努力し、念願の騎士になった。
だけど……
「ふざけるな! 屋敷の壁が壊れてしまったではないか!」
「申し訳ありません」
「謝罪などいらん! まったく何が騎士団だ。つかえない連中め」
命を助けたのに、なぜ罵倒されているのだろう。
戦いで傷つき、命を落とした仲間もいる。
命をとして戦った彼らに対して賞賛の一言すらないのか。
貴族のほとんどがプライド高く、俺たちのような騎士や魔術師を体のいい道具としてしか見ていない。
そう気づかされるのに時間はかからなかった。
それでも俺は、助けを求める弱い人たちのために戦うと決めた。
彼らだって弱い人間だ。
そう言い聞かせた。
ある日、貴族の屋敷を狙う盗賊団と交戦した。
彼らは当時有名な義賊で、奪った宝を貧しい集落にくばっていたそうだ。
弱き者を救うために戦う。
方法は間違っているが、俺たち騎士と同じ思想を持っている。
語り合えば、剣を交えれば分かり合えるかもしれない。
しかし彼らに俺の言葉は通らず、結局屋敷に入り込んだ全員を捕らえる結果となった。
その中の一人に、スピカという少女がいた。
「どうして止めない。こんなやり方では不用意に敵を作るだけだぞ?」
「だったらどうするんだ! お前は知らないだろ? この屋敷の主が、小さな村から若い娘を買って奴隷にしてることを!」
「なっ……」
それは事実だった。
彼女たちを捕らえた後に調べて知った時、俺は言葉でなかった。
国を支える貴族の一人が、守るべき人に手を出している。
自分の欲を満たすためだけに……
スピカが捕らえられた牢の前で、その話をした。
「わかっただろ? この国の貴族がどんな奴らなのか」
「……だとしても、君たちのやり方は間違っている」
ただ、彼女たちが悪ではないことは明白だ。
俺は知り得た情報を告訴し、貴族の罪を問うた。
そして聖域者としての立場を使い、彼女たちを自分の直下の部隊として雇うことにした。
「正気かよ。あたしらは王国の敵だぞ」
「いいや、君たちは民の味方だった。それでも罪は変わらない。俺はただ、罪を償う機会を与えただけだ」
「……変な奴」
彼女たちだって、望んで悪になりたかったわけじゃない。
立場が足りない。
力が足りない。
それさえあれば、きっと別の方法が選べたはずなんだ。
そしてそれは、今からでも遅くない。
俺は彼女たちと共に戦場をかけた。
村を脅かしているモンスターを倒し、力で人を支配しようとする者たちと戦った。
彼女たちも、多くの人たちの生活を守ったんだ。
そんな彼女たちがどうして殺されなければならなかった?
かつて彼女たちが標的にした貴族の仕業だった。
俺のいない所で罠にかかり、一網打尽にされて……
亡きがらすらモンスターに食い殺され、何一つ残るものはなかった。
その貴族は、罪から逃げ、飄々と明日を生きている。
安全な場所で茶を飲みながら、戦って死にゆく者たちを馬鹿な奴らだと笑っている。
「こんな世界……」
糞くらえだ。
その出来事をきっかけに、俺は騎士団を去った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どうだ? つまらない話だっただろう」
「……そうですね。でも、笑い話でもない」
ただ、悲しい話だ。
「騎士団を去ってから、裏で悪行を働く貴族を粛正していった。俺が手を汚せば、それだけ世界が綺麗になると信じて……悪魔と会ったのもその最中だったよ」
「……それで、悪魔を利用するために手を組んだ?」
「そうだ。俺一人では限界がある。どうせこの手は汚れている。今さら失い物はなにもない。どんな方法であろうと、俺は理想を掴む覚悟でいた……だがきっと、これは間違っているのだろう」
そう言いながら彼はため息を漏らす。
彼もわかっている。
かつて自分が誰かに言ったように、こんな方法は間違っているのだと。
「だから……最初から迷っていたんですね」
「迷い……か。そうだな、俺は迷っていたんだろう。その時点で負けていた。理想に……届くはずもなかった」
「それはまだわからないでしょう? あなたの理想は間違っていない。方法が間違っていただけで、人々が平等に幸せを掴める世界が、間違った望みであるはずがない」
「……」
この人は最初、俺を問いかけた。
世界を変えたいとは思わないか?
俺もこの人も、世界の理不尽さを知っている。
俺自身……そして、シトネのことも。
その犠牲となった者を、今も尚苦しむ人がいることを知っている。
「俺は……俺が好きな人たちを守りたい。みんなが幸福に生きられる場所を、未来を……そのために悪魔と戦います。そのためにはあなたの力が必要です」
「俺の……力? 本気で言っているのか?」
「はい。だからもう一度探しませんか? みんなにとって幸せな世界を作る方法を。今度は俺も一緒に探しますから」
そう言って、俺は彼に手を差し伸べる。
彼の理想は間違っていない。
きっと……やり直すのにまだ、遅くないと思うから。
アリストは小さく笑う。
「そんなことを言われたのは生まれて初めてだな。いいだろう、敗者は勝者に従うの通りだ。お望み通り、つまらない話をしよう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺が生まれたのは、代々優秀な騎士を輩出している家だった。
物心ついた頃から剣術の修行が始まり、十歳を超える頃には、大人と並ぶだけの力を手に入れていた。
魔術学校への入学も、聖域者になれたことも、たゆまぬ努力の結果だと自負している。
それも全ては、父のような立派な騎士になるためだ。
俺が生まれる前に片腕を失い現役を退いたが、騎士として多くの人々を、街を救った偉大な人だった。
そんな父に憧れ、努力し、念願の騎士になった。
だけど……
「ふざけるな! 屋敷の壁が壊れてしまったではないか!」
「申し訳ありません」
「謝罪などいらん! まったく何が騎士団だ。つかえない連中め」
命を助けたのに、なぜ罵倒されているのだろう。
戦いで傷つき、命を落とした仲間もいる。
命をとして戦った彼らに対して賞賛の一言すらないのか。
貴族のほとんどがプライド高く、俺たちのような騎士や魔術師を体のいい道具としてしか見ていない。
そう気づかされるのに時間はかからなかった。
それでも俺は、助けを求める弱い人たちのために戦うと決めた。
彼らだって弱い人間だ。
そう言い聞かせた。
ある日、貴族の屋敷を狙う盗賊団と交戦した。
彼らは当時有名な義賊で、奪った宝を貧しい集落にくばっていたそうだ。
弱き者を救うために戦う。
方法は間違っているが、俺たち騎士と同じ思想を持っている。
語り合えば、剣を交えれば分かり合えるかもしれない。
しかし彼らに俺の言葉は通らず、結局屋敷に入り込んだ全員を捕らえる結果となった。
その中の一人に、スピカという少女がいた。
「どうして止めない。こんなやり方では不用意に敵を作るだけだぞ?」
「だったらどうするんだ! お前は知らないだろ? この屋敷の主が、小さな村から若い娘を買って奴隷にしてることを!」
「なっ……」
それは事実だった。
彼女たちを捕らえた後に調べて知った時、俺は言葉でなかった。
国を支える貴族の一人が、守るべき人に手を出している。
自分の欲を満たすためだけに……
スピカが捕らえられた牢の前で、その話をした。
「わかっただろ? この国の貴族がどんな奴らなのか」
「……だとしても、君たちのやり方は間違っている」
ただ、彼女たちが悪ではないことは明白だ。
俺は知り得た情報を告訴し、貴族の罪を問うた。
そして聖域者としての立場を使い、彼女たちを自分の直下の部隊として雇うことにした。
「正気かよ。あたしらは王国の敵だぞ」
「いいや、君たちは民の味方だった。それでも罪は変わらない。俺はただ、罪を償う機会を与えただけだ」
「……変な奴」
彼女たちだって、望んで悪になりたかったわけじゃない。
立場が足りない。
力が足りない。
それさえあれば、きっと別の方法が選べたはずなんだ。
そしてそれは、今からでも遅くない。
俺は彼女たちと共に戦場をかけた。
村を脅かしているモンスターを倒し、力で人を支配しようとする者たちと戦った。
彼女たちも、多くの人たちの生活を守ったんだ。
そんな彼女たちがどうして殺されなければならなかった?
かつて彼女たちが標的にした貴族の仕業だった。
俺のいない所で罠にかかり、一網打尽にされて……
亡きがらすらモンスターに食い殺され、何一つ残るものはなかった。
その貴族は、罪から逃げ、飄々と明日を生きている。
安全な場所で茶を飲みながら、戦って死にゆく者たちを馬鹿な奴らだと笑っている。
「こんな世界……」
糞くらえだ。
その出来事をきっかけに、俺は騎士団を去った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どうだ? つまらない話だっただろう」
「……そうですね。でも、笑い話でもない」
ただ、悲しい話だ。
「騎士団を去ってから、裏で悪行を働く貴族を粛正していった。俺が手を汚せば、それだけ世界が綺麗になると信じて……悪魔と会ったのもその最中だったよ」
「……それで、悪魔を利用するために手を組んだ?」
「そうだ。俺一人では限界がある。どうせこの手は汚れている。今さら失い物はなにもない。どんな方法であろうと、俺は理想を掴む覚悟でいた……だがきっと、これは間違っているのだろう」
そう言いながら彼はため息を漏らす。
彼もわかっている。
かつて自分が誰かに言ったように、こんな方法は間違っているのだと。
「だから……最初から迷っていたんですね」
「迷い……か。そうだな、俺は迷っていたんだろう。その時点で負けていた。理想に……届くはずもなかった」
「それはまだわからないでしょう? あなたの理想は間違っていない。方法が間違っていただけで、人々が平等に幸せを掴める世界が、間違った望みであるはずがない」
「……」
この人は最初、俺を問いかけた。
世界を変えたいとは思わないか?
俺もこの人も、世界の理不尽さを知っている。
俺自身……そして、シトネのことも。
その犠牲となった者を、今も尚苦しむ人がいることを知っている。
「俺は……俺が好きな人たちを守りたい。みんなが幸福に生きられる場所を、未来を……そのために悪魔と戦います。そのためにはあなたの力が必要です」
「俺の……力? 本気で言っているのか?」
「はい。だからもう一度探しませんか? みんなにとって幸せな世界を作る方法を。今度は俺も一緒に探しますから」
そう言って、俺は彼に手を差し伸べる。
彼の理想は間違っていない。
きっと……やり直すのにまだ、遅くないと思うから。