憑依装着の発動。
 俺の瞳が七色に変化し、爆発的に魔力が上昇する。
 その急激な変化をアリストも感じ取っていた。

「この魔力……」

 そうか、あれが情報にあった憑依装着という業だな。
 未来の自分の降霊し、現在の自分に憑依させることで、あらゆる能力を向上させる。
 悪魔を倒した彼の奥の手。
 確かにすさまじい魔力だが……

「それがどうした? いくら魔力量が上がったところで、術式が使えない状況は変わらない。術式を持つ者と持たない者。その差が埋まる簡単に埋まらないぞ」
「それはどうかな?」
「何だと?」

 憑依装着を発動したのは、もしかすると術式が使えるようになるかも。
 なんて希望的観測に頼りたかったからじゃない。
 
 懐から四角い箱を取り出す。
 手のひらサイズで、両開きの蓋が閉まっている。

「これはまだ、師匠以外の誰にも見せたことはない」

 悪魔にも、彼にも、俺が持っているという情報はない。
 この箱は特殊な収納用の魔道具だ。

「解」

 箱が俺の頭位の大きさに変化する。
 そして蓋が開き、中から飛び出したのは剣の柄。
 俺は柄を掴み、引き抜く。
 対を成す二本の魔剣を――
 
「――双月(そうげつ)
「双月だと? 六魔剣の一振りか」

 六魔剣。
 この世に存在する魔剣の頂点であり、現代の技術では到達不可能とさえ言われる。
 エルマが目指していた魔剣の一振り。
 見た目はカトラスという武器の形状に似ていて、二本で一つの魔剣。
 鍔の部分を赤いフサフサの毛が覆っているのも特徴的だ。
 元々は師匠が手に入れたものを俺が譲り受けて使っている。

「そんな物まで所持していたとは……いや、あの男の弟子ならあり得なくもない」
「ああ、師匠と仲が良くないんだっけ」
「そういうわけではないさ。ただ彼とは思想が合わないだけだ」

 確かに気は合わなそうだ。

「いくぞ」

 双月を左右に構え、俺はアリストへ向かって駆ける。
 アリストは剣から影の刃を放ち、俺の接近を阻もうとする。
 無数に枝分かれして迫る影の刃。
 俺は舞うように剣を振り、その悉くを打ち落とす。

「その程度で止められると思うなよ」
「ちっ」

 アリストは自身の足元からも影の刃を生成。
 先ほどまでの三倍の刃が俺を襲う。
 しかし三倍だろうと十倍だろうと、今の俺には届かない。
 憑依装着で増した魔力量。
 鍛え上げられ肉体を、さらに強化魔術で強度を増していく。
 瞬く間にアリストの眼前まで迫り、剣術での戦いに持ち込む。

「くっ、術式なしでここまで」
「当たり前だろ。俺には雷魔術しかないんだ。一つしか使えない俺が、それを封じされた時の手を考えていないとでも思ったか?」

 十一種から一種。
 多くのものを失い、手元に残ったのは一つだけ。
 それを磨き上げここまで這い上がってきた。
 一度全てを失ったから、俺は知っている。
 今ある力が、栄光が、未来でも続いているとは限らないということを。
 だから俺は今日まで、身体づくりも、魔力コントロールの鍛錬も、剣術も……かかしたことは一度もない。
 それが今、かの騎士を追い込んでいる。

「っ……」
「重いだろ? これが双月の能力だ」

 連撃による斬撃威力の上昇。
 双月は攻撃を繋げるほど威力が上がる。
 インターバルは一秒。
 双月は六魔剣のうち唯一、属性効果が付与されていない魔剣だ。
 その代わり、斬撃の威力に特化している。
 故に、双月の性能は、使い手の力量に大きく左右される。

 上がっていく斬撃の威力。
 終わることない連撃に耐えかねて、アリストは大きく後退しようとした。

「逃がさない」

 俺はそれを許さない。
 攻撃をつなげ、さらに威力を上げていく。
 これだけ隙なく攻撃を続ければ、斬撃の対処に意識をさかれる。
 現に影からの攻撃は減っている。
 おそらく結界を発動したことで、影のコントロールも難しくなっているのだろう。

 連撃が遂に、百を超える――

「くっ……」

 アリストの剣が砕け散る。
 剣を失った彼は、咄嗟に影の操作へ全神経を注ぐ。
 足元から伸びる黒い影が、俺の喉元に迫る。
 
 それよりも一瞬速く、双月を振り抜く。

「がっ……」

 影の刃は俺の喉に届くことなく消滅した。
 十字に斬り裂かれ、血が噴き出る。
 彼が倒れると同時に、漆黒の結界は崩れ去った。

「すぅー……ふぅ」

 俺は大きく息を吸い、呼吸を整える。

「……どうした? とどめはささないのか?」
「当たり前だろ。聖域者のあんたを殺したら、悪魔の思うつぼだ」
「ふっ、さすがに馬鹿ではないな。完敗だよ」
 
 仰向けに倒れ、彼は満足げに笑う。

「どうして満足げな顔をしているんだよ」
「そんな顔をしているか?」

 俺が頷くと、彼は小さくため息をこぼす。

「……そうか」
「なぁ、何であんたは……そこまでして魔術師だけの世界を作ろうとしたんだ?」
「ふっ、それを聞いても納得しないだろう?」
「うん。たぶんしない。どんな理由があっても、エルを傷つけたことは許せないから」
「……ならばなぜ聞く?」
「……寂しそうだったから」

 剣には感情の宿るという。
 彼の剣から感じられたのは、怖いくらいの孤独だった。
 思えば彼は最初から、後ろ向きに剣を振るっていたように思える。
 本気で俺を倒すつもりで……だけど、本当はやりたくないと、心の中で葛藤している。
 そんな気がしてならなかった。