リンテンスとアリストが激闘を繰り広げている一方、リチル大渓谷に残された二人も奮戦していた。

「あーもう! キリがねぇーっての」
「文句を言わないでくれ。ほら、そっちから増援だよ」
「みりゃーわかるわ!」

 迫りくるモンスターの大群。
 大小様々な怪物が二人の人間に襲い掛かる。
 並みの魔術師が相手なら、一本も耐えられない猛攻も、この二人には緩やかな(さざなみ)と変わらない。

「まだ増えてんのかよ」
「妙だね。元からここにいたモンスターを呼び戻したのかと思ったけど、明らかに数が多い」
「どっかの馬鹿が送り込んでるんじゃないのか?」
「そのお馬鹿さんはたぶん、うちにリンテンスと戦っているよ」

 つまり、この場へ魔物を送り込んでいるのは別の人間。
 否、人間ではないだろうとアルフォースは予想する。

「悪魔が近くに来ているって言いたいのか?」
「だと思って警戒していたんだけどね~ どうやらそれも違うかもしれない」

 聖域者二人を狙うにしては方法が回りくどい。
 ずっと大したことのないモンスターを送り続けているだけだ。

「もし僕なら、戦ってる二人が弱ったところを狙うと思うんだよ」
「あたしでもそうする」
「おや? 気が合うじゃないか」
「うるさい。ってことは悪魔はあっちか?」
「僕はそう予想しているよ。こちらはただの時間稼ぎで、悪魔の狙いはリンテンスとアリストだ」

 悪魔とアリスト・ロバーンデックが協力関係であることは間違いない。
 ただ、悪魔にとって聖域者は最優先で倒すべき対象だ。
 対等な立場で協力しているとは考えにくい。
 上手く利用して、隙あらば消す……くらいのことは考えていて当然だろう。

「……」
「弟子が心配か?」
「ほんの少しね」
「さっきは心配ないとか言ってた癖に」
「そこを突かれると痛いな~ でもね? 信じることと、心配しないことはイコールじゃない」
「……」
「って前にリンテンスが言ってたんだ」
「だろうな。お前の言葉じゃない」

 アルフォースはまったくだと言って笑う。

「アルフォース、お前何だか変わったな」
「そうかい? 僕はいつでも僕のままだよ」
「あっそ。まぁどっちでもいいわ」

 エルマは呆れたように小さくため息をもらす。

「仕方ねぇな」
「エルマ?」
「お前は弟子の所に行け。お前らなら場所の検討くらいついてるだろ?」
「……いいのかい?」
「なめてるのか? この程度のモンスターあたし一人で十分だ。もし悪魔が出てきたら勝手に逃げるから安心しろ」

 アルフォースは意外だと言いたげな表情で彼女を見つめる。

「何だよ、文句あるのか?」
「いいや、実にありがたい提案だよ。ただ君らしくないと思ってね」
「勘違いすんな。別にお前のためでも、あのガキのためでもない」
「じゃあ何のために?」
「はっ! 決まってるだろ? あのガキに何かあったら、可愛いシトネちゃんが悲しむからだよ」

 エルマはそう言ってアルフォースに背を向ける。

「はっはっはっ、そうか。それは実に、君らしいね」
「だから言ったろ?」
「ああ。ありがとう」

 アルフォースの姿が消える。
 一人残されたエルマを、大量のモンスターが囲む。
 餓えた獣が肉をほっするように、よだれを垂らしながら近づく。

「さーて、お前らは運が良いな」

 パチンッ!
 彼女が指を鳴らすと、彼女を囲うように剣の雨が降り、地面に突き刺さる。

「あたしの実験台になれるんだからなぁ!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 漆黒の結界に覆われた中は、寒くもなく、熱くもない。
 それなのに寒気を感じる。
 完全な暗闇というものは、そこにいるだけで不安を煽るのだと理解した。
 いや、この場合は不安ではなく事実だ。

「術式が使えない?」
「そうだ。この『無間の女王』は、閉じ込めた相手の術式発動を無効化する。ヘカテーから授かった加護を媒介に開発した俺だけの固有魔術だ」

 術式発動を無効化?
 そんなの反則的な効果の結界魔術があるのか。
 にわかに信じ難いが、実際色源雷術は発動しない。
 術式にどれだけ魔力を流しても、うんともすんとも言わない。

「代わりに夜の加護は消え、術者である俺自身にも制限はかかるが、術式が使えないのは君だけだ。魔術師が術式を封じられる……それがどれほどの意味を持つか、君ならわかるだろう?」

 このとき俺は、彼のもう一つの呼び名を思い出した。
 夜の騎士アリスト・アロバーンデック。
 またの名を、魔術師殺し。
 物騒な異名は、この力から付いたものだったのか。

「本当はこんな卑怯な手を使いたくはなかった。だが君は強い。嘗めてかかれば負けるのは俺のほうだ」

 アリストは切っ先を俺に向ける。
 刃には影を纏わせて。

「すまないな。君になら聖域者になれたと思うよ」

 切っ先のから影の刃が伸びる。
 無数に枝分かれして、上下左右から迫る。
 
「っ……」

 俺は後方に跳び避ける。
 どうやら魔力による強化は可能らしい。
 無効化しているのはあくまで術式だけのようだ。

「良かった。これならまだ戦える」
「どういう意味だ?」
「まだ終わりじゃないって意味だよ」

 憑依装着――