「リン君、気を付けてね」
「ああ、行ってくるよ。それからエルを頼む」
「うん! 任せて」
屋敷の玄関で、俺はシトネに背を向ける。
扉を開けて待っていたのは、二人の聖域者。
「遅いぞ、弟子」
魔剣の鍛冶師エルマ・ヘルメイス。
「準備は良いかい?」
現代最高最強の魔術師アルフォース・ギフトレン。
そして俺は、彼の弟子だ。
「はい」
向かうは第一級危険区域リチル大渓谷。
強力なモンスターが跋扈する魔境であり、もう一人の聖域者アリスト・ロバーンデック。
誘い込まれている以上、罠が仕掛けられている可能性が高い。
それでも、この三人で向かえば、何にだって勝てる気がするよ。
「いきましょう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大渓谷への移動は、師匠の転移魔術を使った。
渓谷付近は以前に訪れたことがあるらしく、手前までは一瞬で移動できた。
そこからは徒歩だ。
大渓谷は広く、長く続いている。
一度最下部まで降りたら、あとはまっすぐ進むだけ。
「おかしいわね」
「ああ、不自然だね」
二人が話している通りだ。
「モンスターが一匹もいない」
ここは危険区域に指定されているほどの場所だ。
その理由の一番は、強力なモンスターが複数生息しているから。
だというのに、渓谷最下部まで来ても、一匹もモンスターが現れない。
「あたしらを恐れてるってタマでもないわね」
「うん。そもそも一匹もいないなんて状況がありえない。となれば……」
「すでに相手の術中ってことですね」
「その通りさ。どうする? 今なら引き返せるけど」
「ふざけてるんですか?」
「はっはっはっ、悪かったよ冗談さ。もちろん引き返すつもりはない。虎穴にいらずんばなんとやらさ」
「何だその変な言葉」
「僕も忘れたけど、むかーしの偉い人が残した言葉らしいよ」
「へぇ~」
術中だと言いながら、この緊張感のなさはどうだろう?
この人たちなら平気だと思うけど、さすがに警戒はしたほうが――
と、俺が感じた瞬間だった。
わずか一瞬、俺だけが動けなくなる。
「っ――」
足元に注意が行く。
黒い影がより濃くなり、俺の足首に絡んでいた。
動けなくなった理由を悟った直後、影は膨れ上がり俺を覆い隠す。
なるほど。
そう来たか。
「リンテンス!?」
「大丈夫です。行ってきます」
視界が黒く染まり、師匠たちの気配が消える。
「おいおい! 連れられちまったじゃんかよ!」
「リンテンス……」
「何笑ってんだ?」
「いや、成長したなと思ってね」
敵の狙いに気付いて、わざと抵抗しなかったな。
「彼なら大丈夫だよ。僕たちはまず――」
四方の影から、彼らを取り囲むように無数のモンスターが出現する。
「こいつら倒さないとね」
「ちっ、面倒な」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
黒い影に覆われている。
取り囲むだけで、攻撃してくる感じはない。
念のために蒼雷を発動させたが、必要なかったようだ。
そのまま影は消え、視界が開ける。
「ここは……」
影がなくなっても、周囲は暗かった。
見上げれば星が見える。
まだ昼間だというのに夜空が広がっていて違和感しかない。
「どこだ? ここ……」
「大陸の西の果て」
「――!?」
声は後ろから聞こえて、俺は瞬時に振り向く。
そこには一人の男が立っていた。
腰に剣を携え、闇より黒く感じられる雰囲気は、静かな恐怖に等しい。
彼は続けて言う。
「世界で唯一、太陽の光が届かない場所がある。そこは一日を通して夜で、こうして星空が見えるんだ」
「あんたが……アリスト・ロバーンデックか?」
「ああ。初めまして、君はリンテンス・エメロードだな」
真っ黒。
最初に抱いたイメージがそれだった。
外見的特徴だけじゃない。
感じ取れる魔力が、黒く染まっているようだ。
「ここへ来たということは、メッセージは受け取ってくれたということか。良かった。彼女はちゃんとたどり着けたのか」
「エルのことか」
「エル? ああ、あの情報屋の名前か。そうだ。でなければ生かす理由もない。もっとも瀕死だったが」
「お陰様で生きてるよ」
「……そうか、良かった」
何だこいつ……感情が図れない。
いや違う。
どうしてこいつは……
「リンテンス、話の続きをしようか」
「続きだと?」
「ああ、この世界が正しいのかどうかの話だ。俺は間違っていると思う。だから変える」
「そのために悪魔と手を組んでいるのか?」
「ほう、やはり気付いていたか。だが間違いだ。俺は手を組んでいるわけではなく、利用しているだけだ。あれはただの手段でしかない。俺たち魔術師に守られるだけの人間を淘汰するための」
淘汰する……だと。
「あんたは何を考えてる? 何がしたい」
「わからないか? 俺は魔術師だけの世界を作りたいんだ。真に強く、清い者たちだけの世界を!」
「そのために魔術師以外を殺すって? ふざけるなよ!」
「なぜ怒る? 君だって被害者のはずだ。何もしていない癖に偉そうに利益だけを欲し、魔術師を利用するクズ共の」
心当たりは……正直ある。
たぶん、あの人たちのことを言っている。
そうか。
こいつも俺の過去を知っているんだな。
「君も変えたいとは思わないか? この世界を正しくしたいとは思わないか」
「なら、そのための犠牲は?」
「厭わないさ。無論、俺自身の命もだ」
「そうか。だったら尚更、お断りだ!」
俺はハッキリと答えた。
彼は少しだけ驚いたように目を見開く。
「あんたの理想はわからくもない。でもな? 俺はその先にある未来が、正しいなんて思えない」
「……」
「それに……あんたはエルを傷つけた。その時点で、答えは決まってたんだよ」
「……そうか、それは残念だ」
「ああ、行ってくるよ。それからエルを頼む」
「うん! 任せて」
屋敷の玄関で、俺はシトネに背を向ける。
扉を開けて待っていたのは、二人の聖域者。
「遅いぞ、弟子」
魔剣の鍛冶師エルマ・ヘルメイス。
「準備は良いかい?」
現代最高最強の魔術師アルフォース・ギフトレン。
そして俺は、彼の弟子だ。
「はい」
向かうは第一級危険区域リチル大渓谷。
強力なモンスターが跋扈する魔境であり、もう一人の聖域者アリスト・ロバーンデック。
誘い込まれている以上、罠が仕掛けられている可能性が高い。
それでも、この三人で向かえば、何にだって勝てる気がするよ。
「いきましょう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大渓谷への移動は、師匠の転移魔術を使った。
渓谷付近は以前に訪れたことがあるらしく、手前までは一瞬で移動できた。
そこからは徒歩だ。
大渓谷は広く、長く続いている。
一度最下部まで降りたら、あとはまっすぐ進むだけ。
「おかしいわね」
「ああ、不自然だね」
二人が話している通りだ。
「モンスターが一匹もいない」
ここは危険区域に指定されているほどの場所だ。
その理由の一番は、強力なモンスターが複数生息しているから。
だというのに、渓谷最下部まで来ても、一匹もモンスターが現れない。
「あたしらを恐れてるってタマでもないわね」
「うん。そもそも一匹もいないなんて状況がありえない。となれば……」
「すでに相手の術中ってことですね」
「その通りさ。どうする? 今なら引き返せるけど」
「ふざけてるんですか?」
「はっはっはっ、悪かったよ冗談さ。もちろん引き返すつもりはない。虎穴にいらずんばなんとやらさ」
「何だその変な言葉」
「僕も忘れたけど、むかーしの偉い人が残した言葉らしいよ」
「へぇ~」
術中だと言いながら、この緊張感のなさはどうだろう?
この人たちなら平気だと思うけど、さすがに警戒はしたほうが――
と、俺が感じた瞬間だった。
わずか一瞬、俺だけが動けなくなる。
「っ――」
足元に注意が行く。
黒い影がより濃くなり、俺の足首に絡んでいた。
動けなくなった理由を悟った直後、影は膨れ上がり俺を覆い隠す。
なるほど。
そう来たか。
「リンテンス!?」
「大丈夫です。行ってきます」
視界が黒く染まり、師匠たちの気配が消える。
「おいおい! 連れられちまったじゃんかよ!」
「リンテンス……」
「何笑ってんだ?」
「いや、成長したなと思ってね」
敵の狙いに気付いて、わざと抵抗しなかったな。
「彼なら大丈夫だよ。僕たちはまず――」
四方の影から、彼らを取り囲むように無数のモンスターが出現する。
「こいつら倒さないとね」
「ちっ、面倒な」
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黒い影に覆われている。
取り囲むだけで、攻撃してくる感じはない。
念のために蒼雷を発動させたが、必要なかったようだ。
そのまま影は消え、視界が開ける。
「ここは……」
影がなくなっても、周囲は暗かった。
見上げれば星が見える。
まだ昼間だというのに夜空が広がっていて違和感しかない。
「どこだ? ここ……」
「大陸の西の果て」
「――!?」
声は後ろから聞こえて、俺は瞬時に振り向く。
そこには一人の男が立っていた。
腰に剣を携え、闇より黒く感じられる雰囲気は、静かな恐怖に等しい。
彼は続けて言う。
「世界で唯一、太陽の光が届かない場所がある。そこは一日を通して夜で、こうして星空が見えるんだ」
「あんたが……アリスト・ロバーンデックか?」
「ああ。初めまして、君はリンテンス・エメロードだな」
真っ黒。
最初に抱いたイメージがそれだった。
外見的特徴だけじゃない。
感じ取れる魔力が、黒く染まっているようだ。
「ここへ来たということは、メッセージは受け取ってくれたということか。良かった。彼女はちゃんとたどり着けたのか」
「エルのことか」
「エル? ああ、あの情報屋の名前か。そうだ。でなければ生かす理由もない。もっとも瀕死だったが」
「お陰様で生きてるよ」
「……そうか、良かった」
何だこいつ……感情が図れない。
いや違う。
どうしてこいつは……
「リンテンス、話の続きをしようか」
「続きだと?」
「ああ、この世界が正しいのかどうかの話だ。俺は間違っていると思う。だから変える」
「そのために悪魔と手を組んでいるのか?」
「ほう、やはり気付いていたか。だが間違いだ。俺は手を組んでいるわけではなく、利用しているだけだ。あれはただの手段でしかない。俺たち魔術師に守られるだけの人間を淘汰するための」
淘汰する……だと。
「あんたは何を考えてる? 何がしたい」
「わからないか? 俺は魔術師だけの世界を作りたいんだ。真に強く、清い者たちだけの世界を!」
「そのために魔術師以外を殺すって? ふざけるなよ!」
「なぜ怒る? 君だって被害者のはずだ。何もしていない癖に偉そうに利益だけを欲し、魔術師を利用するクズ共の」
心当たりは……正直ある。
たぶん、あの人たちのことを言っている。
そうか。
こいつも俺の過去を知っているんだな。
「君も変えたいとは思わないか? この世界を正しくしたいとは思わないか」
「なら、そのための犠牲は?」
「厭わないさ。無論、俺自身の命もだ」
「そうか。だったら尚更、お断りだ!」
俺はハッキリと答えた。
彼は少しだけ驚いたように目を見開く。
「あんたの理想はわからくもない。でもな? 俺はその先にある未来が、正しいなんて思えない」
「……」
「それに……あんたはエルを傷つけた。その時点で、答えは決まってたんだよ」
「……そうか、それは残念だ」