「アリスト・ロバーンデックについて?」
「そうっす。何か知ってることがあれば教えてほしいっす」

 ここは情報屋組合の総本部。
 場所は王都の郊外にあると言われているが、それを知る者は組合に所属する者のみである。
 リンテンスにアリストの調査を依頼されたエルは、情報を求めこの場所へやってきた。
 情報を得る最短ルートは、情報を持っていそうな人に聞くこと。
 同じ情報屋なら、自分が知らない情報も持っているかもしれない。
 対価は必要だが、同じ情報屋同士なら、情報こそが対価となり得る。
 彼女は優秀な情報屋だ。
 交換材料となる情報もたくさん持っている。
 だが……

「悪いが教えられないな」
「なぜっすか? ほしそうな情報ならこっちにもあるっすよ?」
「いくら積まれても駄目だ。悪いことは言わねぇからよ。この件に深く関わるな」
「それはどういう――」
「忠告はしたぜ。無視すんのも勝手だが、そのときはどうなっても文句は言うなよ」
「あ、ちょっ――行っちゃったっす」

 情報を聞こうとした男は、エルに忠告だけ言い残し去っていった。
 エルは悩み考える。

 何か面倒なことになってそうっすね~
 普段なら潔く手を引くところっすけど、今の依頼主はお兄さんっすから。
 エルも良い所を見せないとっすよね!

 エルは危険な香りを感じつつ、私情を優先することにした。
 この行動はプロとしては失格だ。
 エル自身もそれを理解しながら、続行することを選んだ。
 それほど彼女にとって、リンテンスへの気持ちを強く大きかったということだ。
 助けられた恩義より、心の内に宿った恋の炎が猛々しく燃えている。
 
 しかし……
 この判断は間違いだったと、後に後悔することになる。

 その後も他の情報屋に聞いてみたエルだったが、帰ってくる答えはほとんど同じ。
 皆、深入りするなと警告するばかりだった。
 いよいよきな臭くなってきたと感じ、エルも慎重に行動を開始する。
 最新の目撃情報屋、類似した情報をなどを集め、彼が今どこにいるのか、何をしているのかを探っていく。
 もちろん簡単に見つかることはない。
 エルは優れた情報屋だが、こればっかりは運も絡んでくる。
 今回の場合、彼女には運も味方した。

「見つけたっすよ」

 調査開始から間もなくして、有力な情報を掴むことに成功したエル。
 これは彼女にとっても予想外の収穫だった。
 
 長期戦の構えだったっすけどまさかこうも早く掴めるとはラッキーっすね。
 今のエルは運も味方につけてるって感じっす。

 などと喜び調査を続行。 
 次々に繋がっていく情報を頼りに、彼女はアリストの居場所を探り当てる。
 そして、とある日の夜――

(あれが……)

 王都から二つ離れた小さな町で、エルは遂にアリストを発見した。
 深夜で人通りはなく、明かりも少ない暗い路地を、マントの男が一人で歩いている。
 怪しい雰囲気を醸し出しながら、どこへ行くともわからない。
 エルの頭の中は二つの感情に分かれていた。
 一つは、この状況と危険から、すぐに立ち去ったほうが良いという本能的な警告。
 そしてもう一つは、アリストがどこへ向かっているのか、どこで潜んでいるのかが知りたいという好奇心。
 この好奇心の根元には、リンテンスの役に立ちたいという思いがある。
 
 彼女は後者の気持ちを選択した。
 そのままアリストを尾行する。

(曲がった!)

 小さなわき道の逸れたアリスト。
 気付かれないよう急いで尾行するが、彼が曲がった先は行き止まりだった。

(あれ? どこに――っ!)

 彼女の足元に何かが這い寄る。
 下を向いても何もない。
 あるのは黒く染まった影だけだった。
 そう、影だ。

「わっ! うっ……」

 影が盛り上がり、触手のように形を変え彼女を襲う。
 手足を拘束された口も塞がれてしまった彼女は、叫ぶことも逃げることもできなくなった。
 そこへトントンと、足音が一つ聞こえる。

「俺の周りを嗅ぎまわっているネズミがいる聞いたが、思ったよりも小さいネズミだったな」

 アリスト・ロバーンデック。
 影を操り彼女を拘束したのは彼の魔術だった。
 
 し、しまった……
 尾行してるのもバレてたっすか?
 いや違うっすね。
 たぶん最初から誘い込まれて……何やってるっすか。
 こんなの最初から気付けたことなのに。

 彼女は激しく後悔している。
 だが、そんなことは無意味だとも知っている。
 捕らわれてしまった時点で、彼女の運命は決した。 

「さて、誰の差し金か? まぁ大体予想はつくが……」
「――んぅ!」

 エルを睨むアリスト。
 次の瞬間、影の刃の一本がエルの腹に穴を開けた。
 強烈な痛みがエルを襲う。
 それでも逃げることはかなわず、口も塞がれてわめくことすらできない。
 
「丁度良い。お前は餌になる」

 そう言って、アリストはエルに何かを伝えた。
 耳元で囁くように。
 それから彼は影を解除する。
 解放されたエルは地面に転がり、ゴホゴホと血反吐を吐く。

「しっかり伝えろよ。まぁせめて、そこまでは生きててもらわないと困る」

 アリストは立ち去っていった。
 残されたエルは、重傷を負いながらも生きている。

「生きてる……エルは……お兄さん」