修行開始から一年。
 たったの一年が、俺には何十年分くらい濃く感じられた。
 毎日続く師匠の扱きに耐え、俺も着実に成長していると実感する。

「ふむふむ、魔力量は一年前の三倍かな? コントロールも格段に向上しているね」
「ありがとうございます。術式の方はまだまだ途中ですけどね」
「まぁ仕方がないさ。君が取り掛かっている術式は、これまで作られてきた術式とは毛色が違う。僕でも最初は思いつかなかったことだからね」

 俺の開発途中の術式。
 まだ名前すら決めていないけど、完成すれば唯一無二の武器になる。
 師匠にも協力してもらって、何とか達成率は半分といったところか。

「さてさて、君もだいぶ成長したことだし、そろそろ僕も自分の仕事をしようかな」
「えっ、それってどういうことですか?」
「う~ん、基礎に応用それ以外。色々と教えてきたけど、もう僕が君に教えることはあんまりないんだよ。だから、僕との修行は一旦終わりにしようと思ってね」
「そ、そんな! 俺はまだ師匠から学びたいことが――」

 焦って声をあげる俺の口を、優しく人差し指で止める。
 師匠はニコリと微笑んで言う。

「今の君なら一人でも先へ進める。僕が教えたことを忘れさえしなければ……ね」
「……忘れませんよ。師匠に教わった何一つ、取りこぼさないように頭へたたき込んだんですから」
「はっはっはっ、それは嬉しいね。だったら尚更大丈夫だ」

 師匠は安心したようにほっと息をもらす。
 こういう時の師匠は切なげで、どこか別のものを見ているように感じる。

「それにこの一年で、僕への依頼がたーんまり溜まっているんだよ。全部すっぽかしていたからね」
「えぇ……そうだったんですか?」
「うん、面倒だったし」

 俺のためじゃないんだ……
 ちょっとガッカリしたな。

「さすがに誤魔化せない量になってね。一度ぜーんぶ終わらせてこようと思うんだ」
「どれくらいかかるんですか?」
「さぁ? 最低でも二、三年はかかると思うよ」
「そんなに……」

 三年も一人で修行しなくちゃいけないのか。
 この広いだけで何もない屋敷で……
 不安が身を包みそうになった俺の頭に、師匠はポンと手を乗せる。

「大丈夫。君はもう一人ではない。離れていても、僕が師匠であることは揺るがぬ事実だ」
「師匠……」
「君はまだ子供だ。寂しさもあるのはわかっている。でも、子供であると同時に、君は魔術師でもあるんだ」

 師匠の瞳が力強く、俺を見つめて言う。

「魔術師ならば、己の目的に一番近い道を進みなさい。とことんどん欲に、効率よく進んでいく。早く追いついてくれると、僕も嬉しい」
「……はい!」

 このとき俺は、師匠が俺を弟子にしてくれた本当の理由に触れた気がした。
 俺が力強く返事をすると、師匠は微笑んで手を離した。

「まぁでも、旅立つ前に試験だけは受けてもらうからね?」
「試験?」
「そうさ。この一年間で君がどれだけ成長したのか。雰囲気ではなく形で証明してもらおう」

 師匠は悪戯をしかける子供のような笑顔を見せる。
 この笑顔をするときは大抵、何か相当きつい内容をふっかけてくる時だ。
 俺は覚悟して、ごくりと息を飲む。
 
「着いてきなさい」

 師匠に連れられ移動した先は、王都からも百キロ以上離れた山脈のふもとだった。
 転移魔術を使ってひとっ飛びとは言え、この距離の移動は初めてだ。
 
「師匠、ここは?」
「グレートバレー山脈だよ。君も名前くらい聞いたことあるんじゃないかな?」
「グレートバレー……確か王国最大級の山々が連なる山脈で」
「そして!」

 何かが空を舞った。
 黒くて大きい翼を広げ、空を覆い隠す。
 獰猛な牙を見せ、鋭い眼光で睨まれれば、怯んで足が震える。
 圧倒的な存在感と強さは、全生物上の頂点の一つに君臨する。

 その名は――

「ドラゴン!?」

 黒き竜が吠える。
 思い出したが、この山脈はドラゴンが生息する一級危険区域だ。
 普通なら絶対に近寄らない。

「最終、いや中間試験かな? このドラゴンを一人で倒しなさい」
「ちょっ、正気ですか師匠!」
「もちろん! 僕が無茶ぶりで嘘を言ったことがあったかい?」

 ないですよ。
 だから焦っているんじゃないですか。

「さぁ、この程度の相手に勝てないようじゃ、聖域者にはなれないよ」
「くっ……」

 吠えただけで空気が軋む。
 呼吸も普段より荒っぽくなって、簡単に息切れを起こしそうだ。
 数十メートルを超える巨大さ。
 そもそも飛行しているから、地上で戦うことは圧倒的に不利。
 でも、師匠がやれといえばやる。
 倒せるというのなら、それに間違いはない。

「やってやる!」

 俺は全身に雷を纏う。
 まだまだ試作段階の術式は使えない。
 既存の術式でどこまでやれるか。
 
 拳を握り、思いっきり前を殴る。
 その衝撃と一緒に雷撃を飛ばし、ドラゴンを攻撃した。

「うん、いいね! 無詠唱かつ術式展開も省略できている。でも残念ながら、その程度じゃ倒せない」

 ドラゴンは怒り、尻尾を高速で打ち付けてくる。
 雷を纏った俺は横に跳び避け、続けて雷撃を放っていく。
 悲鳴のような叫び声をあげるドラゴン。
 ダメージはあると考えていいのだろうか。

「いや! これじゃダメだ!」

 文献で読んだドラゴンの記述。
 それによると、ドラゴンの鱗は鋼鉄の何倍も硬く、熱や電撃も通しにくい。
 ダメージは大してないと考えるべきだ。
 おそらく俺の魔術だけでは、大ダメージは与えられない。
 加えて――

「気を付けなさい! ブレスだよ」

 師匠の声が聞こえた。
 その直後、ドラゴンは大きく口を開けて炎を吐き出す。
 
「っ……なんて広範囲なんだ」

 消耗すればこちらが不利。
 いずれ俺の動きも捉えられて、燃やされる未来が予想できる。
 そうなる前に倒すなら、方法は一つ。

「やるしかないか」

 俺は距離をとり、右腕を天に掲げる。
 ドラゴンには俺の雷撃を何発か食らわせた。
 しばらく電撃の痕が残る。
 それを目印にして、大自然の力を使おう。

「雷魔術の中で最大の威力――これでも食らえ!」

 集まった雷雨。
 ゴロゴロと鳴り響くそれを、魔術の力で制御する。
 自分の力で足りないのなら、自然の雷撃をお見舞いするまで。

「雷魔術奥義――天雷(てんらい)

 雷一閃。
 ドラゴンの頭上に雷撃が降り注ぐ。
 悲鳴を上げるドラゴン。
 いかに高度な鱗と言えど、天然の雷撃に俺の魔力を上乗せした一撃なら、鱗を超えて内部へダメージを与えられる。

「はぁ……はぁ……」
「うん、お見事! さすが僕の弟子だね」