師匠のお願いは、たった一言で返された。

「う~ん、一応もう一回くらい聞いても良いかな?」
「お断りだと言ったんだよ。何度聞いてもあたしの答えは変わらないね」

 師匠とエルマさんは視線を合わせ、無言のまま見つめ合う。
 睨んでいるわけではない。
 師匠もエルマさんも冷静で、落ち着いていた。

「もう少し考えてはくれないかな?」
「嫌だね。どうせ考えたって結果は同じだ。あんな面倒な連中の相手なんてするつもりはない」
「だから、この間も出てこなかったよね?」
「ああ。あたしじゃ戦っても勝ち目は薄かったからな」

 勝ち目の低い戦いには参加しない。
 師匠が以前、エルマさんのことをそう話していたことを思い出す。
 どうやら事実だったらしいことに、少なからずガッカリしている自分がいた。

「大体、アベルのおっさんとシュトレンの爺さんが負けたんだろ? あの二人より戦闘力で劣るあたしが、何の役に立つのさ」
「それも知ってるんですか?」
「当たり前だろ」

 当たり前?
 同じ聖域者が命をかけて戦っているのに、それを知っていて隠れていたのか。
 いいや、わかっていたことだ。
 師匠からもそういう人だとは聞いていたから。
 だとしても、あの戦いを生き延びた俺たちには、怒る権利があると思う。

「へぇ~ あたしに喧嘩を売ろうってか?」
「……別にそんなつもりはありませんよ」
「はっ! 顔と言葉が一致してないわよ? ガキんちょ」

 わかりやすい煽りに感情が高ぶった俺は、思わず手を出しそうになる。
 そんな俺を静止したのは師匠だった。
 師匠は俺の前に腕を出し、小さな声で言う。

「落ち着きなさい」
「すみません」

 冷静さを取り戻した俺はすぐに謝った。
 もちろん彼女にではなく、止めてくれた師匠に対してだ。

「エルマも、あまり彼を虐めないでおくれ」
「はっ! 悪かったわね。アルフォースの弟子だからついって感じ」
「また僕の所為にしないでほしいな。とにかく冷静に話し合おう。僕らは別に戦いに来たわけじゃなしい、そもそも敵じゃない。僕らの敵は悪魔だよ」
「……はい」

 その通りだから反省する。
 あとここは師匠に任せたほうが良さそうだ。
 俺は目配せで、師匠に後は頼みますと伝えた。
 師匠は目をパチッと瞬きさせる。
 任せなさいと言っている。

「エルマ、君はもしかして、悪魔の件は自分と無関係だと思っていないかい?」
「は? 何だよそれ」
「君も無関係じゃないってことさ」
「……どういう意味だ?」
「悪魔の狙いは、この世界への進出と支配。そのためには両界を塞ぐ蓋を排除しなければならない。そしてその蓋を無意識に維持しているのは、僕たち聖域者だ」

 この時点でエルマさんは察したのだろう。
 話を聞いていた彼女の目つきが変わる。

「わかるかい? 彼らの狙いは僕たち聖域者だ。主君たちの妨げとなる僕たちを、最初に殺すため動いているのさ」
「……なるほどな。ならあの二人はまんまとおびき出されたってことか」
「その通りだよ。君は運が良かっただけだ。もしも今回来ていた悪魔が第三の柱なら、君の居場所なんて筒抜けだったはずだよ」

 第三の柱?
 師匠が戦ったていう幹部と同じ悪魔の一人か。
 今の口ぶりからして、探索に長けた能力を持っているらしい。
 
 師匠は続けて彼女に言う。

「僕が殺されれば、確実に次は君の番だよ? 悪魔たちが総力を挙げて君を探し、殺しに来る。いつまでも逃げられない」
「アルフォース、それはあたしを脅しているのか?」
「うん」

 師匠は堂々と答える。

「君だって脅迫文を送ってきただろう? あれの御返しさ」
「ちっ、相変わらず性格悪いな」
「お互い様さ」
 
 二人は呆れたように笑う。
 それからエルマさんが大きくため息をついた。

「仕方ないな。でもあたしが戦っても勝てないと思うぞ?」
「別に戦ってほしいわけじゃないよ。僕らは君に協力してほしいだけさ」
「その協力って言うのは?」
「簡単に言うとサポートをしてほしい。戦うのは僕と、リンテンスが請け負うから」

 師匠の視線に合わせて、エルマさんがこっちを見る。
 俺がこくりと頷くと、エルマさんは小声で「なるほどな」と呟いた。

「で? サポートって?」
「魔剣を作ってほしい。悪魔を斬れるだけの魔剣を」
「へぇ、そいつは面白そうだね」

 魔剣の話になった途端、彼女の表情が良くなった。
 本当に魔剣づくりにしか興味がないらしい。

「つってもお前たち二人は持ってるだろ?」
「僕らじゃないよ。ほしいのは僕ら以外……僕やリンテンス以外にも、悪魔と戦える可能性を持つものがいる。たとえばここにいるシトネちゃんとかね」

 突然、師匠がそんなことを言い出した。
 俺も不意を突かれて驚いたけど、一番驚いていたのは本人だろう。

「え、えぇ!? 私ですか!?」

 飛び上がりそうなほど声をあげるシトネ。
 その反応になるのも無理はない。
 いきなり何を言い出すのかと、師匠に言いたくなった。

「真面目に言ってるのか?」
「僕はいつだって真面目だよ。だから手始めに、彼女の魔剣をうってくれないかな?」
「いいぜ! そういうことなら飛びっきりのを作ってやる」

 当のシトネを放置して、二人で盛り上がっている。
 しばらくの間、シトネはわけもわからずアタフタしていた。