師匠のモフモフでイエティを難なく倒した。
正直納得はいかないが、戦えるという点は本当らしい。
「不服そうな顔だね~」
「別にそんなんじゃ……」
「文句はこの雪男に言っておくれよ。君たちのイチャつきを邪魔したのは僕じゃないんだからさ」
「イチャ――師匠!」
怒った俺に対して、師匠は大笑いしていた。
こんな場所まで来てからかうとか、師匠は変わらず性格が悪い。
「付いてこなければ良かったですよ」
「今さらもう遅いね」
本当にその通りだ。
ここでふと、シトネの姿がないことに気付く。
心配が過るが、すぐにシトネの声が聞こえてくる。
「リン君!」
彼女は倒れたイエティの横で手を振っていた。
何ともなかったようで安堵する。
俺と師匠が歩み寄ると、シトネは下を指さして言う。
「これ見て! 大きな穴があるよ」
「穴?」
覗き込むと、イエティが壊した岩の下に、大きな空洞が広がっていた。
「本当だ」
「おやおや~ しかもこれは人が手を加えた後があるね」
「そうなんですか?」
「うん。ちょこっとだけど道が整備されているよ」
師匠の言う通り、洞窟に見えるそれは、天然ものにしては道が綺麗すぎる。
ほんの些細な差だけど、見る人が見ればわかるだろう。
俺は師匠に尋ねる。
「探鉱用ですか?」
「いいや、この辺りはエリア外だよ」
「ならもしかして……」
「うん。この先に彼女の工房があるかもしれない」
不意の発見に期待が高まる。
俺たちはさっそく中へ降りていく。
風が届かない分、外よりも温かく感じる。
暗さはシトネの明かりで何とかなるし、吹雪の中を歩くより数倍マシだ。
そして、道なりにまっすぐ進むこと十五分。
目の前に鉄の扉と、人工的に作られた壁が現れた。
「何かあるよ!」
「どうやら大当たりのようだね」
扉の上には赤い炎のような文様が描かれている。
「あれは彼女の家紋だよ」
「ってことはここが?」
「うん。シトネちゃんの大手柄だね」
「えへへ~」
嬉しそうなシトネにほっこりしつつ、俺は扉に目を向ける。
鋼鉄の扉に壁は赤く塗られている。
「熱気が……」
「工房だからね。たぶん中で作業しているんじゃないかな?」
そう言って無造作に、師匠は扉へ近づく。
「ちょ師匠! 大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ。こうして話していても反応がないということは、留守か仕事中ってことだからね。どうせ呼びかけても答えないよ」
「そうじゃなくて……」
あの脅迫文のこと、忘れているんじゃないだろうな。
師匠はそのまま何の躊躇もなく扉を開けた。
ギィギィと音をたてながら、普通に開いたことも驚きだ。
これだけ硬そうなのに鍵もかかってないのかと。
中は広々としていて、鍛冶場で見かける道具や設備が整っている。
入り口近くには製作途中の武器が並んでいるし、変わった形の鉱石が床に転がっていたり。
そして奥には、カンカンと鉄を打ち付けている赤髪の女性がいた。
雪山とは思えない半袖半ズボン、ゴーグルもかけている。
「あの人が……」
「聖域者エルマ・ヘルメイス」
後姿だけで伝わる職人として凄さに、俺とシトネは息をのむ。
俺たちが立ち尽くしている中、師匠はいつも通りの軽いあいさつを口にする。
「やぁエルマ! 久しぶりだねー」
ピタリと止まった手。
しばらく無言のまま、彼女から口を開く。
「その声……アルフォースか?」
「そうだよ~ 遠路遥々君に会いに来たのさ」
「……そうか」
彼女はハンマーを置き、徐に横へ歩いていく。
その先に並んでいたのは、一目で強力な魔剣だとわかる一振りだった。
魔剣を手に取り、見事な刃を抜いて見せる。
「エルマ?」
「言ったはずだよなぁ?」
「はい?」
刹那。
彼女は魔剣を振り抜き、師匠へ斬りかかる。
「来たら斬るって!」
「うおっと! 忘れていたよ!」
「待てゴラアアアアアァァァァ!」
突然始まる聖域者同士の戦い?
いや、彼女が一方的に斬りかかり、師匠は逃げ回っている。
辺りの物を破壊しながら……
「ちょっと待ってくれエルマ! 僕は君に話をしに来たんだよ!」
「うるさいクソ男! お前と話すことなんてないんだよ!」
問答無用というか容赦なし。
師匠に対して明らかな殺意を向けている。
「師匠ー、とりあえず謝りましょう」
「どうして? 僕は何も悪いことはしてないよ? だから謝らない!」
それは堂々と言うセリフじゃないです。
仕方ないな。
「エルマさん! 俺はアルフォース師匠の弟子のリンテンスです!」
「は? こいつの弟子だと?」
「はい。そのロクデナシは一先ず放っておいて、俺の話を聞いてもらえませんか?」
「ロクデナシとは心外だな! 僕は何もしてないよ!」
「この期に及んで嘘つかないでくださいよ! こんなに怒ってる時点で絶対何かしでかしたでしょ!」
それも相当怒らせるような何かを。
彼女の怒り様は、そうでなければ説明がつかない域だ。
「いや、そいつは何もしてない……」
「えっ?」
「ほらね!」
ドヤ顔の師匠は無視しつつ、エルマさんに目を向ける。
立ち止まり、落ち着きを取り戻したように見えるが……
「そうよ。何もしなかった……何もしなかったのよ!」
「何で!?」
突如激高して、今後は俺に斬りかかってきた。
それも割と本気の太刀筋で。
俺は蒼雷を発動して何とか躱す。
「あれだけのことをしておいて! 何で何もしないのよ!」
「どっちなんですか!」
情緒が不安定すぎるだろこの人!
「リン君!」
「よし今しかない! シトネちゃん君の出番だよ!」
「え、私?」
「そうだとも! 彼女を鎮められるのは君だけだ! さぁ早く!」
師匠とシトネのやり取りは微かに聞こえる。
ただそっちに集中できる状況ではなかった。
「くっそっ!」
この人普通に強い。
怒りで太刀筋はめちゃくちゃだけど、それでも強い。
さすが聖域者だ。
このままだと俺も本気にならないと――
「ま、待ってください!」
そこへ響くシトネの声。
ピタリと動きを止めた乱心エルマさんは、シトネに目を向ける。
「り、リン君は大事な人なので……イジメないで……ください」
シトネは精一杯、モジモジしながらそう言った。
控えめに言って可愛い。
こんな状況だけど、俺も思わずきゅんとなる。
「か、かか……」
その影響を一番受けていた人物が隣に一人。
「可愛い!」
ブシャーっと鼻血の噴水が飛び出る。
そのまま彼女はバタリと地面に倒れ込んだ。
正直納得はいかないが、戦えるという点は本当らしい。
「不服そうな顔だね~」
「別にそんなんじゃ……」
「文句はこの雪男に言っておくれよ。君たちのイチャつきを邪魔したのは僕じゃないんだからさ」
「イチャ――師匠!」
怒った俺に対して、師匠は大笑いしていた。
こんな場所まで来てからかうとか、師匠は変わらず性格が悪い。
「付いてこなければ良かったですよ」
「今さらもう遅いね」
本当にその通りだ。
ここでふと、シトネの姿がないことに気付く。
心配が過るが、すぐにシトネの声が聞こえてくる。
「リン君!」
彼女は倒れたイエティの横で手を振っていた。
何ともなかったようで安堵する。
俺と師匠が歩み寄ると、シトネは下を指さして言う。
「これ見て! 大きな穴があるよ」
「穴?」
覗き込むと、イエティが壊した岩の下に、大きな空洞が広がっていた。
「本当だ」
「おやおや~ しかもこれは人が手を加えた後があるね」
「そうなんですか?」
「うん。ちょこっとだけど道が整備されているよ」
師匠の言う通り、洞窟に見えるそれは、天然ものにしては道が綺麗すぎる。
ほんの些細な差だけど、見る人が見ればわかるだろう。
俺は師匠に尋ねる。
「探鉱用ですか?」
「いいや、この辺りはエリア外だよ」
「ならもしかして……」
「うん。この先に彼女の工房があるかもしれない」
不意の発見に期待が高まる。
俺たちはさっそく中へ降りていく。
風が届かない分、外よりも温かく感じる。
暗さはシトネの明かりで何とかなるし、吹雪の中を歩くより数倍マシだ。
そして、道なりにまっすぐ進むこと十五分。
目の前に鉄の扉と、人工的に作られた壁が現れた。
「何かあるよ!」
「どうやら大当たりのようだね」
扉の上には赤い炎のような文様が描かれている。
「あれは彼女の家紋だよ」
「ってことはここが?」
「うん。シトネちゃんの大手柄だね」
「えへへ~」
嬉しそうなシトネにほっこりしつつ、俺は扉に目を向ける。
鋼鉄の扉に壁は赤く塗られている。
「熱気が……」
「工房だからね。たぶん中で作業しているんじゃないかな?」
そう言って無造作に、師匠は扉へ近づく。
「ちょ師匠! 大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ。こうして話していても反応がないということは、留守か仕事中ってことだからね。どうせ呼びかけても答えないよ」
「そうじゃなくて……」
あの脅迫文のこと、忘れているんじゃないだろうな。
師匠はそのまま何の躊躇もなく扉を開けた。
ギィギィと音をたてながら、普通に開いたことも驚きだ。
これだけ硬そうなのに鍵もかかってないのかと。
中は広々としていて、鍛冶場で見かける道具や設備が整っている。
入り口近くには製作途中の武器が並んでいるし、変わった形の鉱石が床に転がっていたり。
そして奥には、カンカンと鉄を打ち付けている赤髪の女性がいた。
雪山とは思えない半袖半ズボン、ゴーグルもかけている。
「あの人が……」
「聖域者エルマ・ヘルメイス」
後姿だけで伝わる職人として凄さに、俺とシトネは息をのむ。
俺たちが立ち尽くしている中、師匠はいつも通りの軽いあいさつを口にする。
「やぁエルマ! 久しぶりだねー」
ピタリと止まった手。
しばらく無言のまま、彼女から口を開く。
「その声……アルフォースか?」
「そうだよ~ 遠路遥々君に会いに来たのさ」
「……そうか」
彼女はハンマーを置き、徐に横へ歩いていく。
その先に並んでいたのは、一目で強力な魔剣だとわかる一振りだった。
魔剣を手に取り、見事な刃を抜いて見せる。
「エルマ?」
「言ったはずだよなぁ?」
「はい?」
刹那。
彼女は魔剣を振り抜き、師匠へ斬りかかる。
「来たら斬るって!」
「うおっと! 忘れていたよ!」
「待てゴラアアアアアァァァァ!」
突然始まる聖域者同士の戦い?
いや、彼女が一方的に斬りかかり、師匠は逃げ回っている。
辺りの物を破壊しながら……
「ちょっと待ってくれエルマ! 僕は君に話をしに来たんだよ!」
「うるさいクソ男! お前と話すことなんてないんだよ!」
問答無用というか容赦なし。
師匠に対して明らかな殺意を向けている。
「師匠ー、とりあえず謝りましょう」
「どうして? 僕は何も悪いことはしてないよ? だから謝らない!」
それは堂々と言うセリフじゃないです。
仕方ないな。
「エルマさん! 俺はアルフォース師匠の弟子のリンテンスです!」
「は? こいつの弟子だと?」
「はい。そのロクデナシは一先ず放っておいて、俺の話を聞いてもらえませんか?」
「ロクデナシとは心外だな! 僕は何もしてないよ!」
「この期に及んで嘘つかないでくださいよ! こんなに怒ってる時点で絶対何かしでかしたでしょ!」
それも相当怒らせるような何かを。
彼女の怒り様は、そうでなければ説明がつかない域だ。
「いや、そいつは何もしてない……」
「えっ?」
「ほらね!」
ドヤ顔の師匠は無視しつつ、エルマさんに目を向ける。
立ち止まり、落ち着きを取り戻したように見えるが……
「そうよ。何もしなかった……何もしなかったのよ!」
「何で!?」
突如激高して、今後は俺に斬りかかってきた。
それも割と本気の太刀筋で。
俺は蒼雷を発動して何とか躱す。
「あれだけのことをしておいて! 何で何もしないのよ!」
「どっちなんですか!」
情緒が不安定すぎるだろこの人!
「リン君!」
「よし今しかない! シトネちゃん君の出番だよ!」
「え、私?」
「そうだとも! 彼女を鎮められるのは君だけだ! さぁ早く!」
師匠とシトネのやり取りは微かに聞こえる。
ただそっちに集中できる状況ではなかった。
「くっそっ!」
この人普通に強い。
怒りで太刀筋はめちゃくちゃだけど、それでも強い。
さすが聖域者だ。
このままだと俺も本気にならないと――
「ま、待ってください!」
そこへ響くシトネの声。
ピタリと動きを止めた乱心エルマさんは、シトネに目を向ける。
「り、リン君は大事な人なので……イジメないで……ください」
シトネは精一杯、モジモジしながらそう言った。
控えめに言って可愛い。
こんな状況だけど、俺も思わずきゅんとなる。
「か、かか……」
その影響を一番受けていた人物が隣に一人。
「可愛い!」
ブシャーっと鼻血の噴水が飛び出る。
そのまま彼女はバタリと地面に倒れ込んだ。