俺の監視のもと、師匠に皿洗いをさせシトネたちの元へ戻る。
 後から心配になって、少し大股で彼女たちの様子を見に行くことに。

「そんなに焦らなくても大丈夫だと思うよ」
「師匠の大丈夫は当てになりませんから」
「酷いな~ 僕は君の師匠なのに」
「だからでしょうね」

 皮肉交じりに言いつつも、内心では師匠と同意見だった。
 席を外したのはたった数分。
 その僅かな時間で起こる事件などないだろうと。
 だから、正直かなり驚かされた。
 
 お待たせと、言いながら食堂に入ろうとした直前だ。
 ただならぬ雰囲気を感じ、脳裏に嫌な予感が過る。
 俺は咄嗟に立ち止まり、師匠もそれに合わせて立ち止まった。
 恐る恐るこっそり中を覗くと……

「……」
「……」

 無言で向かい合う二人。
 静まり返った部屋。
 明らかに何か起こった後の光景が飛び込んできた。

「えぇ……」
「何だか嫌な雰囲気だね~」

 小声で師匠と話しながら、彼女たちを見守る。
 この空気の女子二人に割って入れる精神力はさすがの俺にもない。
 師匠は行けちゃいそうだから、そっと前に立ち出れないようガードする。

「シトネさん」

 すると、静寂を破ったのはエルだった。
 彼女は続けて、シトネに問いかける。

「もう一度聞くっすよ? シトネさんはお兄さんのこと……好きなんすか?」
「ん?」
「おやおや」

 どういう状況なのでしょうか?

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 リンテンスとアルフォースが去った後、残された二人は互いに顔を合わせる。

「行っちゃったっすね」
「そうだね」
「ついて行きたいっすけど、あれはダメな感じっすね~」
「うん。二人だけで話したいことがあるみたいだね」

 二人とも、アルフォースの真意を読み取っていた。
 本当は手伝いたいと思いながら、空気を読んで残ってくれていたのだ。
 そして、今日が初対面の二人で残されれば、会話に困る。

「シトネさんはお兄さんとどこで会ったんすか?」
「え、私?」
「そうっすよ。エルは教えたのに自分だけ知らないのは不公平っす」
「そ、そうかな? えーっとねぇ」

 というわけでもなく、意外にも会話は弾んでいた。
 元々コミュ力の高い二人だったこともあり、リンテンスという共通の友人がいたことも大きいだろう。
 性格的にも両者は近いものがあり、決して相性は悪くない。
 むしろ良いほうだと言える。
 ただ一点、似ているからこそ相容れないものを除けば……

「それからずっと一緒に暮らしてるんだよ」
「へぇ~ でもエルはそれよりもーっと前からお兄さんと知り合ってたっすからね~」
「べ、別に時間が長いほうが良いってわけじゃないよ! 重要なのは中身だからね!」
「エルはお兄さんの仕事をサポートしたりしてたっすよ? お兄さんにとってもエルは大事なパートナーだったに違いないっすからね~」

 そこからの攻防は激しかった。
 互いにマウントを取りきれず、次から次へと攻撃ならぬ口撃を続ける。
 しかし不毛な戦いであることに気付き、一時的に攻防の波が止まる。

「大体何なんすか! シトネさんはお兄さんのこと好きなんすか?」
「へっ……」

 そこへエルの確信をつく一撃。
 思わずシトネも赤面して、言葉を詰まらせる。
 
「エルは大好きっすよ! お兄さんと恋人になりたいし、結婚してゆくゆくは子供もほしいっす!」
「こ、子供!?」

 畳みかけるような連続口撃。
 たまらずシトネもたじろぎ慌てる。

「どうなんすか? シトネさんは!」
「……」

 この時、シトネの頭の中はリンテンスとの思い出で溢れていた。
 無意識に、それでも間違いなく彼への好意を持っている。
 だが真っ向からその好意に彼女は気付いていなかった。
 家族や周囲から見放された彼女にとって、好意は遠く理解しがたい感情の一つだったからだ。
 それを彼女は思い出しつつあった。
 リンテンスと出会い、彼と触れ合い助けられて、彼に惹かれる自分に気付く。
 
 そして渦中の男は――

「何この状況……」

 すぐ近くにいた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 戻ってきたら予想以上の修羅場を迎えていた。
 俺と師匠は出入り口に隠れて様子をうかがっている。

「いや~ 面白いことになってるねぇ~」
「ワクワクしないでくださいよ!」

 小声でのやり取りにも限界はあるが、幸いなことに二人とも互いに集中していて気付いていない。
 ことの経緯を知らない俺には、なぜこうなったのか理解できない。
 何となく察する程度はできるけど、気恥ずかしくて考えたくないというのが正しい。
 そんな俺にも届く確かな声で、シトネが言う。

「好きだよ」

 その言葉が、俺の胸にドクンと衝撃を与える。

「私もリン君が好き。大好き! エルちゃんに負けないくらい、私だってリンテンス君が大好きだよ」

 シトネ……

 彼女の頬が赤くなっている。
 たぶん、俺の頬も同じくらい赤くなっているのだろう。
 彼女の好意を感じながら、ハッキリと言われたのは初めてだった。

 誰かに好意を抱かれるって、こんなにもドキドキするものなのか。

 胸の高鳴りが治まらない。
 シトネの顔を見るのが恥ずかしいのに、彼女から目が離せない。

「君はどうしたい?」
 
 そんな俺に師匠が問いかける。
 俺は……俺はどうしたい?
 彼女の……いや、彼女たちの好意になんて答える?
 浮かび上がる思い出と、自分自身の思い。
 
「……まだわからないです」
「そうか。じゃあわかったら、ちゃんと伝えなさい」
「はい」

 今はまだ、自分の気持ちがわからない。
 わかっているのかもしれないけど、上手く掴めない。
 もう少し、あと少しで届きそうなのに。
 彼女たちと一緒にいれば、この気持ちに届くのかもしれないな。