「やぁリンテンス! シトネちゃんもおかえりなさい」
「遅かったすねぇ~ 待ちくたびれたっすよ!」
「「……」」

 依頼を終えて屋敷に帰ると、師匠が帰ってきていた。
 ちゃんと帰ってきていることにも驚いたが、エルが一緒にいるのは予想外過ぎて、一瞬俺たちはポケ―ッと呆けた。

「ねぇ、リンテンス君?」
「はい」

 さっきまで上機嫌だったシトネから、バチバチと電流みたいなものが流れている……気がする。

「アルフォース様はともかく……何でこの子もいるのかなぁ?」
「し、知りません……」
「本当かなぁ~」

 シトネにグリグリと背中を抓られている。
 痛いし怖いし、反応に困る。
 全くもう、今日は初めて見るシトネで胸がいっぱいだよ。

「で、師匠はともかく、エルはどうしてここに?」
「いや~ エルも来る予定はなかったんすけどね~」
「僕が誘ったのだよ。さっき街で偶然会ってね? 久しぶりだし、せっかくなら夕食でもと」
「そうなんすよ~ アルフォース様にナンパされたらエルも断れないっすからね~」
「アルフォース様が……」

 それを聞いてシトネは、ギロっと師匠を睨むように見つめた。
 ビクリと反応した師匠は、誤魔化す様に笑いながら俺に近づき、ひそひそ声で尋ねる。

「はっはっはっ……シトネちゃんの目が怖いのだけど」
「後で謝っておいてください」
「よくわからないが了解だ」

 今のシトネは師匠にも噛みつくのか。
 あと夕食誘うのは良いけど、作るのは結局俺なんですよね。

「みんな少し待っててくれるかな? 今から準備するよ」
「じゃあ私が手伝うよ」
「お、おう。よろしくシトネ」

 シトネと二人きりになることに若干の抵抗感を覚えたのは、このときが初めてだった。
 その後は四人分の夕食を用意して、お腹いっぱいになるまで食べた。
 賑やかに、ワイワイ話しながらの食事は良い。
 行儀は良くないけど、食べる楽しさが倍増する感じだ。

「いや~ お腹いっぱいっすよ! 相変わらずお兄さんの料理は絶品っすね」
「お粗末さまでした」

 三人とも綺麗に食べてくれている。
 空になった皿を見て嬉しいと思えるのは、作った側の特権だろう。
 俺は小さく微笑み皿を重ねていく。

「片付け手伝うよ」
「いいよこれくらい。シトネは料理手伝ってくれたし休んでてくれ」
「そうだとも。シトネちゃんも上手く甘えることを覚えたまえ」
「師匠も偶には手伝ってください」

 うっと小さな声で言う師匠。
 重い腰をあげながら、俺に視線を送る。

「やれやれ、弟子の頼みは断れないね。よーし! 偶には僕も手伝ってあげようじゃないか! 女性陣はしばし歓談を楽しみたまえ」
「じゃあこれ運んでください」

 重ねた食器をどさっと師匠に渡す。

「うん。最初から容赦ないね」
「師匠の弟子ですから」

 他愛もない話をしながら、俺と師匠はキッチンへ向かう。
 洗い場へ皿を置き、おほんと咳ばらいをする師匠。
 そして――

「ようやく二人きりになれたね」

 師匠は決め顔でそう言った。
 それに対する俺の反応は、当然何言ってるのこの人、という顔だ。

「その顔で言わないでくださいよ」

 普通にぞっとする。

「はっはっはっ、ノリが悪くなってしまったね~ 会ったばかりの君なら、もっと大げさに反応してくれたというのに」
「成長したと言ってください。それで話って何です?」

 俺が尋ねると、師匠の表情は一変して真剣さを増す。
 さっきの目配せは、俺にだけ伝えたいことがあるという合図だ。
 それに気づいたから、俺は師匠を連れて二人から離れた。
 多少強引だったし、勘の良い二人は気付いているかもしれないけどね。

「良い話……ではないですよね」
「そう身構えなくて良いよ。ただの情報交換だから」
「嘘つかないでくださいよ。それなら二人を避ける必要はないでしょ」
「シトネちゃん一人だったらそうだね」
「エルの方ですか?」

 師匠はこくりと頷く。
 何となく理由はわかるけど、俺はあえて否定的に言う。

「彼女は信用できると思いますけど」
「うん、僕もそう思うよ」
「じゃあ何で?」
「彼女が情報屋だからだよ」

 師匠は水を流し、皿を洗いながら言う。

「まぁ彼女が情報を漏らすとは思っていない。ただ問題なのは、彼女が所属している組織のほうだ」
「……情報会」
「そう。全情報屋が所属する大組織。元締めは、四世代前の聖域者の血族だね。情報を得るためなら手段は選ばない。買ってくれるなら相手が誰でも構わない。基本的にはそういう思考の集まりだ」

 師匠が何を言いたいのかわかった。
 つまり、情報屋が悪魔と通じている可能性も、ゼロではないということ。
 不用意に情報を伝えることにリスクがあると言っている。
 師匠は皿を洗い終え、水を止めて布を取り出す。

「それに彼女は素直過ぎる。情報屋とは思えない程……ね。そこに付け込まれると弱い」
「確かに……そうかもしれませんね」
「まぁでも、彼女に協力を依頼するという判断は間違っていないさ。やはり情報収集のプロであることに違いはない。僕らが調べるより何倍も早いし正確だ」
「知ってたんですか?」
「彼女が教えてくれたよ。僕のことを信用しているからこそだけど、その素直さが仇とならなければいいいね」

 この師匠の発言は、後に予言となる。