師匠の修行はスパルタで、休む暇も甘えも許されない。
 やれと言ったらやる。
 師匠が無理じゃないと言えば、どれだけ無茶でも完遂できる。
 とにかく信じろ、諦めるなの根性論。
 正直かなりしんどくて、何度も意識が飛びそうになった。

「はーい寝ない! まだ半分だぞ~」
「は、はい!」

 魔術における基礎的な部分はマスターしている。
 これから必要になるのは基礎の応用。
 新たな術式開発に必要なノウハウをたたき込まれ、それと並行して実践訓練も行われた。

「冒険者ですか?」
「うん。手っ取り早く実戦経験を積むなら、冒険者になって依頼を受ける方が良い。僕も偽名でこっそり登録してるんだよ」
「そ、そうだったんですね」

 それは言っても大丈夫なことなのか?

「ちなみにもう登録だけは済ませておいたから」
「えっ!」

 師匠は一枚の用紙を見せてくれた。
 冒険者登録証と書かれ、左上には冒険者カードと書かれたものがくっつけてある。

「名前とか住所は適当に書いておいたから、君だってバレると困るだろう?」
「ありがとうござい……ます?」

 登録者名:リンリン

「何ですかリンリンって!」
「可愛いだろ?」
「おかしいでしょ! 偽名にしたってもっと他の名前があったんじゃないですか!」
「えーいいじゃないかリンリン。響きは最高に良いでしょ」
「いやいや、女の子の名前みたいじゃないですか」
「ちなみにこれ一度登録すると変更できないから」

 尚更何してくれてるんですか!
 薄々感じてはいたけど、師匠は適当過ぎる。
 というか、軽薄で何を考えているのかわからない。
 掴みどころのない人、という表現は、まさに師匠にためにあるような言葉だ。

「あ、そうそう! バレないようにこれつけてね」
「仮面……ですか?」

 師匠が手渡してきたのは、白い仮面だった。
 赤い目が二つ、耳みたいなトンガリが二つある。
 というかこれ……

「ウサギのお面じゃ……」
「正解! 道具屋で可愛かったから買って加工したんだ。これを付けて!」

 師匠がむりやり俺の顔に仮面をつける。
 目の部分は赤いけど、仮面を通して見ても視界は赤くならない。
 ちょっと息苦しいくらいか。
 さらに師匠は懐のカバンから赤い服を取り出す。

「この赤いフード付きローブを着れば~ はい完成!」

 ベベーン、と変な効果音が流れたような気がする。
 師匠は小さな鏡を取り出し、俺にも見えるように顔の前へ出す。

「どうだい? これで完璧に誰かわからないだろ?」
「……そうですね」

 わからないですよ。
 どういう趣味趣向の持ち主なのかも……

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 師匠のスパルタ修行は続く。
 それは魔術に関すること以外もだった。

「剣術?」
「そうだよ。剣だけじゃなくて、弓と槍も習得してもらうから」
「……はい」
「おやおや、なぜ魔術師が剣なんて覚えないといけないんだ? って顔をしているね」

 見事に言い当てられてギクッとする。
 師匠が口にした通り、俺はまさにそう思っていた。
 優れた魔術師であるほど、それに特化しているべきではないのかと。

「わかってないな~ 優れた魔術師である者こそ、様々な技術や分野に精通している者なのさ」
「そういうものですか?」
「うん。魔術、薬学、医学……色々な分野があるけど、一つの分野に固執していては新しい物は生まれない。魔術の勉強だけしていれば良いと思っていたら大間違いさ」

 そう言いながら、師匠はどこからともなく剣を取り出し地面に突き刺す。
 
「さぁ始めようか。言っておくけど、僕はその辺の騎士より強いからね」
「よ、よろしくお願いします」

 結論、言葉通り強かった。
 本当にこの人は魔術師なのか?
 と疑問すら浮かぶほどの剣技に驚かされ、転ばされ泣かされ……踏んだり蹴ったりだ。
 それでも俺は、強くなるために必死だった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 修行開始から一か月。
 少しずつ慣れ始めてきた日常の合間で、師匠が俺に問う。

「動機ですか?」
「そうだよ。魔術師にとって、ではなくすべての人において、努力するためには理由がいる。君は何のために強さを求める? 何のために聖域者を目指す?」
「それは……」

 言われてみればどうしてだろう?
 あまり深く考えたことはなかったな。

「考えがまとまっていないのなら、口に出してみるといいよ」
「はい……えっと、たぶん最初は父上や母上に言われたから、だと思います」
「うんうん、よくある話だね」

 これまでを振り返る。
 あの日、雷に打たれてしまった瞬間までの自分は、二人の期待に応えたい一心だった。
 父上と母上は俺を大切にしてくれて、褒められるのが嬉しかったんだ。
 でも……

「二人がほしかったのは俺じゃなくて、俺の才能だけだったんです。それが……雷に打たれてわかりました」

 当初はひどく落ち込んだ。
 今となっては目が覚めた気分だけど、師匠と出会わなかったら、自殺も考えていたかもしれない。
 そして、冷静になった今だから思えること。
 胸の内に残る感情の名前を、ようやく口にすることが出来る。

「……腹が立ちます。自分を見ていなかった二人に……簡単に切り捨てて、俺は息子なのに」

 理不尽な怒りかもしれない。
 自分のことを棚上げして、よく言うと思われても仕方がない。
 だけど、腹が立ってしまったんだ。
 俺を一人にして、この何もない広いだけの屋敷に追いやったことが。

「俺は……あの人たちを見返したい。聖域者になって、俺が誰よりも優れているということを証明したいです。不誠実でしょうか?」
「いいや、実に真っすぐで良いと思うよ」
「ありがとう……ございます」
「じゃあ君は、聖域者になって二人と元通りになりたいのかな?」
「それは……たぶん違います。一度でも見捨てられたら、もうあの人たちを信じられない。もし友好的に戻っても、俺が素直に笑えないので」

 たとえ両親だとしても、捨てられたも同然なんだ。
 今さら元通りにしたいなんて思わない。

「そうか……うん、自分のことをよくわかっている。自分を見つめるということは、強くなる上で大切なことだ。これからもよく考え、見つめ続けるように」
「……はい」