シトネの一撃に貫かれたキメラが、よだれを垂らしながら倒れる。
 さすがのキメラも、頭を貫かれれば終わりだ。

「倒した……よね?」
「ああ、見ての通り。お見事だったな」

 俺がそう言うと、シトネは嬉しそうに身を震わせ、左手で握りこぶしをつくる。
 今のシトネなら当たり前の結果だと思うし、彼女自身も勝つことに疑いはなかっただろう。
 それでも自分が止めを刺したこと、強敵を倒したことは素直に嬉しい。
 俺も初めて一人でモンスターを倒した時は、密かに興奮していたことを思い出した。

「さぁ、次にいくぞ」
「うん!」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 グレータークロコダイル。
 世界各地の沼で目撃情報の寄せられているモンスターであり、世界で一番巨大なワニ。
 その体長は三十メートルを超え、観測された個体で最も大きかったものは、五十メートルに届く大きさだったという。
 単純な大きさだけでも、キメラを上回る迫力なのは間違いないだろう。
 そして、グレータークロコダイルの最大の特徴は、その大きさではなく硬度にある。
 全身を覆う黒い鱗は、あらゆる攻撃に耐性を持つとさえ言われ、並みの攻撃では傷一つ付かないほど頑丈だ。

「こんな森の中に沼なんてあるの?」
「あるんだよ。ここを真っすぐ行くとでかい沼がな」
「へぇ~ そこにおっきなワニがすくっちゃったんだね」
「そういうこと。前に倒したのが二年前だし、子供が残ってたのかな」
「えっ、この依頼も初めてじゃないんだ?」

 二年前の同じ場所で、でかいワニが生態系を荒らしているという情報から、依頼を受けたことがある。
 その時に倒した個体は、確か四十メートル近い大物だったな。
 早々増えるモンスターでもないし、もう二度と戦うことはないだろうと思っていたけど。

「取り逃してたなら俺の責任だしさ」
「リン君ってそういうところ真面目だよね」
「俺は常に真面目なつもりだけど」
「そうだったね!」

 シトネがニコッと笑う。
 何だか意味深な反応だけど、引っかかることでもあったかな?
 
 森の中を進み、しばらく経つ。
 すると、湿り気が多くなり、生えている木の種類も変わってきた。
 根が長く地表から飛び出ていて、木の根だけで視界が忙しい。
 地面は湿っているし、薄く水が張っている。
 この辺りは湿地帯に近い環境だ。
 沼はさらに先へ進むと広がっている。

「本当にあった!」
「信じてなかったのか?」
「信じてたけど、やっぱりびっくりだね」
「そうか。ならもっと驚くものがあそこにあるだろ?」

 と、俺はまっすぐ前を指さす。

「え、何?」

 シトネが視線を向ける。
 茶色く濁った水が広がる沼。
 その中心に、黒い陸地が出来ている。
 いや、それは陸地などではなく、俺たちのターゲットの背だ。

「もしかして……」
「あれがグレータークロコダイル、の背中だな」
「背中だけでもう大きいんだね……」

 全体の半分も見えていないだろう。
 おそらく鼻であろう部分が出ているから、こちら側に頭が向いているとわかる。
 ぱっと見は、ただの黒い地面にしか見えない。
 近づけば鱗の光沢もわかるだろう。

「こっちに気付いてない?」
「いいや、たぶんわかって放置してる」
「そうなの? じゃあこっちから仕掛けちゃおうよ」
「いいけど効かないと思うぞ」

 グレータークロコダイルの鱗は、魔術の奥義すら弾いたという伝説がある。
 防御力という面で語るなら、必ず名前があがるモンスターの一種。
 
「前は俺の赤雷も通らなかった」
「そんなに!? ワニのモンスターって雷が弱点だった気がするけど」
「こいつは違う。というか一番効果のある雷属性でも耐性が高いってことだ」
「そ、そんなの無敵じゃ……前はどうやって倒したの?」

 シトネが思い出したように尋ねてきた。

「頑丈なのは鱗の部分だ。腹と口は大して堅くないから、そこを狙った」

 蒼雷で近づき、首元を殴打して口を開かせ、そこに最大出力で赤雷をぶち込む。
 一撃じゃ足りなかったから、これを何回か繰り返した。
 腹を見せてくれると一番楽だったのだけど、この重量を持ち上げるのは至難のわざで、結局口がやりやすかったな。

「じゃあ今回もそうする?」
「いいや。前の俺じゃそれが限界だった。でも今は――」

 憑依装着!

「力でねじ伏せられる!」

 未来の力を宿し、瞳の色は虹色に光る。
 身体への負担が大きいが、数秒程度ならほぼノーリスクで使える。
 
「下がっていてくれ」
「う、うん!」

 シトネが離れたことを確認してから、俺は両手を前で合わせる。
 指先をクロコダイルに向け構え、赤雷を発動。
 分散した雷を、指先に集中させる。
 微細なコントロールが可能となった今なら、貫通力を極限まで高められる。
 後はただ、矢のように放てばいい。

 ここで放たれる殺気に気付き、クロコダイルが全身を現す。
 大きさは以前に戦った個体と同じかそれ以上。

「気づかれたよ!」

 迫るクロコダイル。
 そこへ――

「赤」

 赤い閃光が放たれる。
 一筋の雷は、一瞬にしてクロコダイルを串刺し、バシャンと水しぶきが舞う。

「ふぅ」
「す、凄い! 凄いよリン君!」

 興奮して飛び跳ねるシトネを見て、俺は安堵する。