エルとの出会いは唐突なものだった。
 今の話ではなく、昔のお話。
 冒険者になって三か月ほど経ったころから、俺の名前は密かに囁かれるようになっていた。
 数か月前に冒険者となった男が、ありえない勢いで依頼をこなしている。
 そんな噂が自分の耳にも入り込んできた頃だと思う。

「お兄さんを調査してほしいって依頼がエルの所にきたんすよ。そんで尾行したり身辺調査したりしてたんすけど、これがまた大変で」

 やれやれというジェスチャーをするエル。
 彼女が俺の周りを付け回っているのは気付いていた。
 とは言え、色々と知られてはまずいわけで、あえて危険な場所へ行ったりとか。
 間接的に諦めてくれるよう行動した。
 それでも彼女は諦めず、依頼をこなすため俺についてきた。
 そんな折、彼女がモンスターに襲われてしまった。

「そこをお兄さんが颯爽と助けてくれたんすよ!」
「ストーカーされてたのに?」
「いや、気づいたら助けてて……」
「ふぅん、まぁリンテンス君ならそうするだろうと思うけどさ」
「お人よしっすからね~」

 うんうん。
 と、二人そろって頷いている。
 なんでそこは息があうのか……

「えーっと、それで助けた後はどうしたの?」
「直接話を聞いて、教えても良いことだけ伝えたよ。その代わり、もう俺を付け回さないよう約束してもらった」
「それをきっかけにして何度か仕事で関わるようになって、仲良くなったんすよ」
「そっか~ で、いつキスしたの?」
「うっ」
「助けられたときっすね」

 話題を逸らせてたと思ったのに。
 シトネはじとっと俺を見つめてくる。

「だから誤解なんだって! 助けようとしたときにエルが倒れ込んできて、咄嗟に受け止めたらその……」
「キスしちゃったの?」
「……はい」

 って何で俺、シトネに責められてるんだろう。
 何だか謝らなきゃって衝動にかられて謝ってるけど、自分でもよくわからないな。

「わ、わかってもらえた?」
「……うん。不可抗力なら仕方がないね」

 ようやく理解してくれたようだ。
 俺はほっとしてため息をもらす。
 表情は、まだ言いたいことがありそうな感じだけど。
 
「終わったっすか?」
「誰のせいだと思ってるんだよ」
「あっはは~ まぁ良いじゃないっすか! 改めて、情報屋のエルっす! シトネさんとはこれから長い付き合いになりそうっすから、よろしくっすよ」
「そうだね。こちらこそよろしく」

 バチバチバチ。
 二人の視線で火花が散っているように見えるのは、たぶん気のせいじゃないと思う。

「な、なぁエル。いくつか聞きたいことがあるんだけど」
「何すか?」
「前より見られてる気がするんだが、俺がいない間に何かあったのか?」
「それはあれっすよ。お兄さんが突然いなくなったから、どこかで死んだんじゃないかーって噂が流れてたっすね」
「そういうこと」

 生きてたのか、みたいな驚きで注目されていたのか。
 一つこれで疑問が解けた。

「他には特になかったか?」
「何もないっすよ。いつもと変わらず騒がしいだけっすね」
「はははっ、それなら良かった」

 悪魔の影響がここにも及んでいないか心配だったけど、どうやらいらぬ心配だったようだ。
 これで確認事項は終わった。
 続けて本題に入るとしよう。
 実は今日、最初からエルを探そうと思っていたんだ。

「エル、久しぶりで悪いんだけど、さっそく依頼を頼めないか?」
「おっ! いいっすよ~ お兄さんの依頼なら、たとえ火の中水の中っす」
「頼もしいね。じゃあ、探してほしい人がいるんだ。もしくはその人の情報でも構わない」
「誰っすか? 冒険者? それとも貴族?」

 俺は首を横に振る。

「探してほしいのは、消息不明の聖域者アリスト・ロバーンデックだ」
「聖域者っすか!?」
「ああ」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「リンテンス、一つ頼みごとがあるのだけど、いいかな?」
「何ですか?」
「人探しをしてほしいんだよ」
「人探しですか。ちなみに誰です?」
「アリスト・ロバーンデック」

 名前を聞いた途端、俺はびくっと反応する。

「聖域者じゃないですか!」

 それも数年前から失踪中っていう。

「そう。彼を見つけ出して協力を仰いでほしいんだ」
「悪魔との戦いに備えてですか?」
「そう。今後は現存する聖域者全員の協力が必要になってくる。もう一人の方は僕が何とかするから、彼は頼むよ」
「いいですけど、それなら師匠が会ったほうがいいんじゃないですか? 同じ聖域者同士なら話も早いでしょう」

 そもそも生きている前提の話だが……
 師匠が探せというなら、間違いなく生きてはいるのだろう。

「いや~ 実は僕と彼が仲がちょこーっと良くないんだ。主張が合わないというかね~ たぶん僕の話は聞いてくれないと思うんだよ」
「ああ、なるほど」

 この言い方は、ちょっととかいうレベルでなく嫌われてるな。
 
「まぁだから話すときも、僕の弟子だとは言わないでね?」
「了解しました。でも場所のヒントくらいありませんか? さすがに情報なしで探すのはきついですよ」
「う~ん、実は何もないんだ!」

 清々しい笑顔で師匠は言った。
 これは嫌われている以前に、一番面倒だから俺に押し付けたな。