長期休暇に入って一日目。
 俺とシトネはギルド会館に向っていた。
 冒険者たちの寄り合い処であり、雇い主である冒険者ギルド。
 その場所は、王都郊外の民家が立ち並ぶ先にある。
 一見して王都とは思えないような光景に挟まれながら、俺とシトネは道を歩く。

「ねぇリンテンス君、私の格好……変じゃないかな?」
「大丈夫だ」
「本当かな?」
「ああ。俺のほうがよっぽど変だからな」

 風景に似合わない格好の二人。
 一人はウサギの仮面に赤いフードつきの服を着ていて、もう一人はすっぽりと顔を覆うように被った白いフードから、可愛らしい耳がとび出ている。
 ぱっと見は、どこかの仮装パーティーにでも向かっているようだが、残念ながら目的地はギルド会館だ。

「はぁ……憂鬱だ」
「そんな顏しないで! ほら、私だって同じ格好だよ」
 
 シトネが両腕を開いて俺に見せつける。
 確かに俺と色違いの服を着ていて、仮面こそしていないが元々の尻尾と耳が重なって違和感はある。
 でも……

「いや、シトネは普通に可愛いで片付くからいいだろ」
「か、可愛い?」
「ああ」

 それに比べて俺は……男でリンリンという名前だけでも変なのに、この余計な装飾を施した仮面の所為で怪しさ倍増だよ。
 かといって今さら変えられないし。

「可愛いか~ えへへ~」
「シトネ?」
「あっ、ううん! 何でもないよ。それより結構遠いんだね? ギルド会館って」
「そうだな。王国とは依頼を取り合ってる関係上、あまり中心部に近づけられない背景があるんだよ」
「へぇ~ 私、ギルド会館は初めてなんだ」
「普通の建物だから。変に期待しないほうがいいぞ」

 そうこうしている内に、ギルド会館が見えてきた。
 半年ぶりになると、多少の懐かしさを感じる。
 平たい木造建築に、荒っぽい男たちが出入りしていた。
 扉を開けるとカランカランというベルの音が鳴り、近くの人たちの視線が向く。

「ここがギルド会館かぁ」
「な? 普通だろ」
「そうだね。でも思ったより広いかな」

 シトネがぐるりとその場で回り、会館の中を見回した。
 正面の受付にはお姉さんが座っていて、俺たちに気付く。

「リンリン様! お久しぶりです」
「え? リンリン?」
「ホントだ久しぶりに見たな」
 
 受付嬢が俺の偽名を口にした途端、会館にいた冒険者たちの視線が一斉に集まっていた。

「おいおい、何か女つれてねぇか?」
「だよな。見かけねぇと思ったら、女と遊んでたってだけかよ」
「桃色が加わって七色の雷術師が八色の雷術師になっちまったってか?」

 下品な笑い声が聞こえて出して、ざわざわと様々な発言が飛び交う。
 言いたい放題のオンパレードだが、ギルド会館ではこれが普通だ。
 むしろ懐かしさにホッとするくらいだよ。

「七色の?」
「ん? ああ、冒険者としての俺の二つ名だよ」
「二つ名なんてあるの? 凄いねリンテ――リンリン!」
「ぅ……シトネにそう呼ばれると歯がゆいな」

 その後は、受付嬢に話をして、溜まっている依頼を見せてもらうことにした。
 数が多いから、全部を持ってくるまで時間がかかるらしい。
 しばらく待っていてほしいとお願いされた俺たちは、情報交換などに使われるスペースへ行き、空いている席を探した。

「すっごく見られてるね」
「……なんか前より注目されてる気がする」

 悪魔との戦い効果はリンリンには関係ないはずだが……
 すると――

「そりゃーそうっすよ! 半年間音信不通だったら誰でも驚くに決まってるじゃないっすか?」
「その声は――」

 懐かしい声に振り向く。
 後ろに立っていたのは、褐色肌と茶色い短髪の少女だった。

「やっぱりエルか!」
「久しぶりっすね! お兄さん」
 
 エルはニコリと笑いながら、右手で敬礼をポーズをした。
 相変わらず露出の多い服に地味なマントというアンバランスな格好をしている。
 
「久しぶりだなエル。元気にしてたか?」
「見ての通りピンピンしてるっすよ。そっちこそ全く連絡も寄こさないから……どれだけエルが心配したと思ってるっすか?」
「悪かったよ。いろいろ忙しくてさ」
「ねぇリンテ、じゃなくてリンリン。この人は?」

 俺とエルの会話に、シトネがひょこっと入り込む。
 
「ああ、紹介するよ。彼女は情報屋のエルだ」
「どうもっす!」
「情報屋?」

 情報屋は、文字通り情報を集め売り買いする人。
 モンスターの出現ポイントや、ギルド会館が提示する前の依頼についての情報など。
 冒険者に限らず様々な情報を持っている。
 エルもそのうちの一人で、冒険者として活動していた頃の俺をサポートしてくれていた。

「そうだったんだ! 初めましてエルちゃん! 私はシトネです」
「シトネさんっすね! ちなみにお兄さんとはどういう関係なんすか?」
「えっ、関係?」

 唐突な質問に戸惑うシトネ。
 正体を隠しているのに、馬鹿正直に学校の話は出来ないとか考えているのだろう。

「そ、それは内緒かな~」
「ふぅ~ん、そっすか。というかお兄さんは何してたんですか? エルのことほったらかしにして」

 シトネのごまかしに何かを感じ取ったのか。
 エルは話題を変え、俺に話しかけてきた。

「いや、だから色々あったんだって」
「ひどいっすよ~ エルの唇まで奪っておいて放置するなんてっ」
「えっ?」
「ちょっ……」

 動揺する俺と固まるシトネ。
 ニタっと笑うエルに、俺は慌てて言う。

「何言ってんだよ! あれは不可抗力だろ?」
「でも事実じゃないっすか~」
「そ、そうだけど――うっ!」

 背中に走る痛み。
 シトネが俺の背中の皮膚をつねっていることに気付く。
 表情は言うまでもなく……とても怖い。

「あとで詳しく聞かせてほしいな~」
「わ、わかった」