「さて、そろそろ帰ろうか」
「そうですね」

 ここで確認することは終わった。
 俺は師匠の転移魔術で屋敷へと戻る。
 殺風景な荒野から一変して、目の前に現れる自分の屋敷。
 安心感を覚えて、俺は大きく背伸びをした。

「ぅ、う~」
「お疲れだね。リンテンス」
「師匠こそですよ。明日からもっと忙しくなるのは」
「はっはっはっー……本当にね」

 げんなりする師匠。
 誰よりも強いのに、相変わらず働くのは憂鬱らしい。
 こんな状況でも普段通りなのはさすがだなとか、密かに感心してるけど。

「俺も明日から学校ですし、気持ちを切り替えないと」
「ああ、そうか。ちょうど明日から休校が明けるのだったね」
「はい」

 あの戦いから約一週間。
 もろもろの処理や難しい事情を含めて、魔術学校は臨時休校していた。
 ようやくそれが終わり、明日から通常通りの授業が再開される。
 ほっとする反面、何とも言えない面倒臭さがある。
 
 そんなことを考えてため息をこぼす俺の横で、師匠がぼそりと呟く。

「しかしそうか、学校か」
「師匠?」
「たぶんだけど、君は僕とは別の意味で忙しくなるかもしれないね」
「え、どういう意味ですか?」
「いけばわかるさ。まぁ精々戸惑ってきなさい」

 俺は師匠の言っている意味がわからなくて、キョトンと頭に疑問符を浮かべる。
 いけばわかる。
 その言葉の意味は、まさしく学校に登校してすぐわかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 集まる視線。
 その先にいるのは、登校中の俺とシトネだった。

「な、なぁシトネ」
「ん? どうしたの?」
「何か前より見られてる気がするんだが……」
「そうだね。すっごく注目されてるね!」

 シトネはなぜかニコニコしていた。
 自分だってジロジロみられているのに平気な顔をして。
 シトネって見られるのは好きじゃないとか言ってなかったか?
 いや、あれは俺が言ったんだっけ。

「というか、何でこんなに注目されてるんだ?」
「それはね~」
「君と悪魔の戦いを見ていたからだよ」

 シトネが言おうとしたことを、後ろからの声がかっさらっていく。
 振り向いた後ろには、グレンとセリカがいた。
 グレンが左腕をあげていう。

「おはよう、リンテンス。シトネさんも」
「ああ、おはよう」
「むぅ~ おはよう」

 自分のセリフを取られてか、シトネはちょっぴりむくれていた。
 申し訳なさそうにグレンが微笑む。
 セリカはいつもと変わらず静かにお辞儀をした。
 二人と会うのは戦いの直後以来だ。
 休校になってからは、グレンも家のことで忙しかったらしい。

「グレン、さっきの見てたっていうのは?」
「言葉通りだよ。あの壮絶な戦いを、学校のみんなは見ていたのさ」

 首を傾げる俺を見て、グレンはニヤリと笑う。

「この学校には至る所に監視用の魔道具が配置されていることは知っているよな?」
「ああ。トラブル防止のために映像を撮ってるんだろ」
「そうだ。その映像は、学校内の管理室でまとめられている」
「まさか……」
「そのまさかさ。あの戦いの映像もしっかり撮られていた。そしてその映像は、王都中に公開されているよ」
「お、王都中!?」

 おいおい冗談だろ?
 そんな話は一言も聞いていないぞ。
 
 俺はここではっと気づく。
 師匠が言っていた別の意味で忙しくなる、というのはそういう意味か。
 つまりこの件にも師匠がかかわっていると……

「何考えてるんだ? 師匠は……」
「誤解しているようだが、これを提案したのはアルフォース様ではないよ」
「え、違うのか?」

 グレンは頷き、意外な人物をあげる。

「ナベリウス校長だよ」
「校長先生が?」
「ああ。事情を知っているのは一部の貴族だけだ。学校を、王都を守ろうと戦う者がいることを、ここで暮らす者たちにも知ってほしい。校長先生がそうおっしゃっていたそうだよ」
「そう……だったのか」

 優しい理由だ。
 師匠とは大違いだな。
 そう言われたら納得してしまう。

「良いこと、なのかな」
「良いことに決まってるよ!」
「シトネ」
「リンテンス君のこと、みーんなが認めてくれたんだから」

 満面の笑みを見せるシトネ。
 彼女にそう言ってもらえると嬉しくて、俺も自然に表情が綻ぶ。
 
「それに注目されているのは君だけじゃない。僕らはシトネさん、あの日結界を張っていた四人のことも広まっている。強大な敵を前にして、最後まで諦めず学校を守ろうとしていたことを」
「あのねあのね! この間買い物にいったら、通りかかったおばさんに『ありがとう』って言ってもらえたんだよ!」

 シトネは嬉しそうに話す。
 自分は大したことをしていないと言っても、道行く人が彼女に何度も感謝を伝えたそうだ。
 身が竦む恐怖に耐えた彼女の雄志を、王都の人たちは認めていた。
 それが嬉しくて、彼女は上機嫌だったらしい。

「ちょっぴりだけど、私のことを認めてくれたってことだもん。これからも頑張ろうって思えるよ」
「そうか」

 嬉しそうな彼女を見て、恥ずかしがる自分が馬鹿らしく思えてきた。
 やれやれ、せっかくだ。
 しばらく続く熱気に当てられながら、英雄扱いを堪能しよう。

 それから二か月が過ぎ――