魔術学校での戦闘が終わり、静かな夜を過ごす。
 アルフォースは一人学校の闘技場で佇み、空を見上げていた。

「さて、ようやくここまで来たね」

 この五日前――

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
 
 大陸の北部には砂漠がある。
 元々は大国があったそうだが、半世紀ほど前にモンスターとの戦闘で半壊。
 今では何も残っていない。
 いいや、古くからある遺跡だけが、ぽつりと残っていた。

 その遺跡は砂漠のど真ん中にある。
 とても目立つが、普通は誰も訪れない。
 周囲には強力なモンスターがいて危険だし、そもそも訪れる理由がない。
 そんな場所にいるとすれば、よほどの命知らずか、どこかの世界からきた悪魔だけだろう。

「やぁやぁこんばんは。君が六柱の一人、中将フルレティだね?」
「そういう貴方は、当代最高の魔術師アルフォース・ギフトレンですね?」
「そうだとも! さすがは悪魔一勤勉な男。僕のことは調査済みってところかな」
「ええ。ですが、まさかそちらから来るとは思っていませんでしたよ」

 遺跡の中で話す二人。
 中将フルレティは、魔界の三大支配者に使える幹部の一人。
 悪魔随一の頭脳を持ち、計算高く思慮深い。
 その見た目は、人間の成人男性と変わらない。
 ある意味、人間にもっとも近い悪魔と呼べなくはないだろう。
 もちろん、人間とは比べ物にならない魔力を有しているのだが――

「一応確認しておきますが、どうしてここへ?」
「なに、僕の眼は特別製だからね。君の隠れている場所くらい簡単に見つけられるのさ」
「それは知っています。私が聞いたのは、何の目的でここへ訪れたのかということですよ」
「そんなの決まっているじゃないか」

 アルフォースは不敵に笑い、杖を構える。

「君を殺すためだよ」
「そうですか」

 フルレティがパチンと指をならす。
 その瞬間、地面がひび割れ、遺跡がバラバラにはじけ飛ぶ。

「おーっと、危ないことするな~ それに何だい? この数のモンスターは」

 遺跡から出たアルフォースが目にしたのは、砂漠を覆いつくすほどのモンスターの群れだった。
 大小さまざまなモンスターがひしめき合い、アルフォースを見ている。

「貴方と戦うことは想定済みです。貴方の持つ権能を相手にするなら、これくらいの戦力は必要でしょう?」
「なるほど。さすが仕事熱心な悪魔だ。リンテンスが知ったら見習えと言われそうだ」
「リンテンス? ああ、貴方の弟子でしたね」
「へぇ~ そこまで知っているのか」
「当然です。彼もまた、排除対象ですので」

 フルレティが夜空に手をかざす。
 彼の持つ能力によって、雲一つない空から大量の雹が降り注ぐ。
 高速で降り注ぐ雹には、魔術的防御を貫通する効果が付与されていた。

「やれやれ」

 アルフォースは権能でオレンジ色の蛇を生み出し、頭上で蜷局を巻き雹の雨を防ぐ。

「それは困るな~ 尚更ここで殺さないといけないようだ」
「私としても、一番の障害である貴方はここで死んで頂きたい」
「そうかそうか! じゃあ一つ、命の奪い合いをしよう」

 さらにアルフォースは権能を発動。
 無数に、無形質に、空想を具現化した幻獣たちを呼び出す。
 伝説に登場しそうな巨人から、可愛らしくも恐ろしいウサギの怪物まで。
 形容しがたい見た目をした化け物もいて、どちらが悪魔かわからない。

 モンスターの群れと幻獣の群れ。
 二つの異形がぶつかり合う。

「ねぇねぇ、一つ聞いて良いかな?」
「何ですか?」
「君がこっちへ来たってことは、三人の支配者の復活が近いってことでいいのかい?」
「さぁどうでしょうね」
「嘘が下手だな~ 君がいる時点でそうとしか考えられないだろう」
「だと思うなら無駄な質問をしないてください」

 異形たちがぶつかり合う最中、二人も交戦する。
 雹の雨と魔術の嵐。
 互いに一歩も引かず、異形たちも押し合って拮抗している。

「おやおや、これじゃ決着がつかないかな?」
「いいえ、いずれ決着はつきます。貴方は所詮人間だ。先に体力の底が見えるのは貴方でしょう?」
「う~ん……確かに! じゃあこういうのはどうかな?」

 アルフォースは杖をぐるっと回し、紫色の光の玉を生み出す。
 光の玉は彼の前で形を変え、人型に近づく。

「僕の権能はね? 空想を現実にするんだよ。空想であれば何だって生み出せる。君たちの崇める支配者ってさぁ、僕のイメージだと」

 人型から更なる変化。
 歪に折れ、ごつごつととがり、腕は二つにから四つに増え、背中からはまがまがしい翼が生える。

「こんな感じじゃないかな?」

 幻獣召喚――魔王。

「これは――」

 フルレティは一瞬で察する。
 形はどうあれ、アルフォースが生み出したそれの力を。
 瞬時に防御態勢を整えようとした。
 しかし――

「っ!?」

 その時にはもう、幻の魔王が彼の肉体を抉っていた。

「しまったな。質問の答えを聞く前だったのに」

 フルレティの肉体が消滅していく。
 たった一撃で身体の七割以上を抉られれば、悪魔といえど耐えられない。
 モンスターたちも幻獣に噛み殺され、徐々に数を減らしていった。
 声の出せないフルレティは、最後までアルフォースを睨んでいる。

「そうだ! 最後に一つだけ訂正させておくれ」

 何をだ?
 と、フルレティの視線が語る。

「僕は最高の魔術師じゃない。最高最強の魔術師だ。次に巡り合うことがあれば、その一文も付け加えておいておくれ」

 これは戦いの終わりであり、一つの戦いの始まり。
 世界はここから、激動のように変化していく。