悪魔エクトールが黒い雷となって消滅した。
 その瞬間を、アルフォースとグレゴアが眺めている。

「おぉ~ 凄いねあれ」
「なっ……なんだよありゃ……ありえねぇだろ」
「うんうん。その気持ちはすごーくわかるよ~」

 嘘をつくな、と言いたげにグレゴアが睨む。
 すでに勝敗は決し、肉体は半分ほど消滅しかかっていた。

「そろそろ限界のようだね?」
「……くっ、ククク、クハハハハハハハ――ああ終わりだよ! ()()()()()なぁ」

 突然、グレゴアは開き直ったように大きく笑った。
 先ほどまでの驚愕が演技だったようにも思える程、活き活きとした表情に戻っている。
 
「この状況で笑えるなんてすごいね、君」
「かっ! 正直驚かされっぱなしだったし、負けちまったから返す言葉もねぇんだけどな。だが、安心しろよ人間。お前たちはどうせ滅ぶんだ」
「へぇ? 本当によく言えるね、そんな也で」

 アルフォースは笑顔のまま、瀕死のグレゴリを杖で突きさす。

「ぐっ……」
「君たちは負けたんだ。これで戦いは終わりだよ」
「いいや、終わらねぇよ。こっちの世界に来てるのがオレたちだけだと思ってるのか?」
「ん? あー、そういえば上司が来てるんだったね」

 地獄の三大支配者の直轄。
 悪魔たちを束ねる六柱の一人。
 【中将】フルレティ。
 彼らを従えて、こちらの世界に来ている大悪魔だ。

「オレたちが失敗したと知れば、今度はフルレティ様が直々に手を下される。あの方の力は、オレたちの比にならねぇ。いくらお前でも、勝ち目なんてねぇんだよ」
「やれやれ、何を言うかと思えば他人頼りなことだ。死に際とはいえ情けないね」

 呆れた顔をするアルフォースに、グレゴアが舌打ちをする。

「その余裕もなくなるぜ」
「それはどうかな? まぁでも確かに、あの悪魔はとても勤勉だからね。君たちがもっている情報はもちろん、他にも色々と知っていた。僕の権能に対して物量で挑んできたときには、正直ちょっと驚いたけどさ」
「そうだ! フルレティ様は――おい?」
「ん? 何かな?」

 グレゴリが違和感に気付く。
 アルフォースの言葉には、明らかにおかしな点があった。
 まるで、フルレティを直接知っているような話しぶりではないか。

「なんでてめぇがそれを知ってる? 物量だと? 何の話だ!」
「え? 何だわからないのかい? そんなの直接会っているからに決まっているだろう」
「なっ……」

 会っている。
 そう、アルフォースはフルレティを知っている。
 グレゴアは両目を驚きで見開き、口をパカっと開けている。

「良い表情だね~ よーし、そんな君に特大のニュースを教えてあげようか」
「な、なんだ――」
「君たちの上司ならもういないよ? 僕が倒してきたからね」
「なっ……」

 驚愕で顎が外れるくらい口を開くグレゴア。
 そんな彼を見て、楽しそうな笑みを浮かべるアルフォース。

「うんうん! さっき以上に良い表情だよ。やっぱりドッキリはこうでなくっちゃねぇ~」
「ふ、ふざけるな!」
「おっと、ふざけてなんていないさ。ちゃんと事実を伝えたまでだよ」
「ありえねぇ! フルレティ様が倒されるはずねぇだろ!」
「あーそう思うのは仕方がないか。確かに強かったけど、彼って六柱でも戦闘が得意じゃないでしょ? 僕の相手は務まらなかったよ」

 アルフォースは笑いながら、友人と接するように話す。
 グレゴアには彼の笑顔が、どうしようもなく恐ろしく感じられた。

「信じたくないのなら確認してみたらどうだい? 君たちは彼から、何かしらの連絡手段を貰っているはずだよ」
「そ、それは……」

 グレゴアが言い淀む。

「ほーらやっぱり。数日前から連絡がないんでしょう? 僕が彼を倒したのは五日ほど前だからね。ちょうどその辺りからじゃないかな?」
「ぅ……」
「図星だね」

 勤勉なフルレティは、部下の彼らに定期的な連絡を強いていた。
 毎日の決まった時間に連絡することとなっていたが、それが五日前から途絶えている。
 ただ、彼らは大して問題に感じていなかった。
 忙しいのだろう、くらいにしか思っていなかったのだ。
 それはフルレティが死ぬはずないという絶対の自信と、次なるターゲットに対する期待が高まっていて、冷静な判断が出来ていなかったから。

「さすがに彼が来てしまうと、リンテンスの修行にならなかったからね。先に処分させてもらった。本当なら二人も助けたかったけど、間に合わなかったようだね」

 アルフォースは申し訳なさそうに語る。
 二人というのは、彼らと戦った聖域者のことで、アルフォースは彼らを助けるつもりだった。
 しかし、予想よりも敵の動きが早く、間に合わなかったのだ。

「ふ、ふざけるな……何なんだ……何なんだよてめぇは!」
「僕はアルフォース・ギフトレンだよ。この世界で最も強い魔術師だ。君たちは僕を、甘く見過ぎていたんだよ」

 その言葉を最後に、グレゴアが消滅する。
 虚しく、絶望の表情を残して、何一つ残らず消えてなくなった。

「残念だったね。僕と出会ってしまったことが、君たちの不運だよ」