限定突破によって解放された力が、周囲をピリつかせる。
 さっきまでとは比べ物にならない魔力量と圧だ。
 俺も自然と力が入る。

「いきますよ」

 エクトールが右手を前にかざし、砲撃の術式を展開させる。
 俺も同様に右手をかざし、赤雷を放つ準備をする。
 そして、最初と同じ撃ち合いが始まる。

「赤」
「マテリアルバレット」

 赤い稲妻と砲撃がぶつかり合う。
 一度目は赤雷の勝利だった。
 しかし、今回はせめぎ合い、拮抗している。
 威力が向上した赤雷と張り合っている。

「やはり凄まじい威力ですね。今の私と張り合えるとは」
「こっちのセリフだ」

 完成された赤雷は、コントロールも向上している。
 ばらけ易かった欠点がなくなったことで、一つに束ねたり、分けたりを自由自在に操れるようになった。
 一つに束ねれば貫通力も跳ね上がる。
 だから結界障壁も簡単に貫くことが出来たわけだが……

「これが本気か」
「ええ、ですがまだ序の口です!」

 エクトールが消える。
 転移の術式を使ったようだ。
 気配は俺の背後に回っている。
 だが、振り向いた時にはもういない。
 残っていたのは、爆発を起こす術式だけ。

「青」
「今度こそ逃がしませんよ」
「これは――」

 蒼雷の加速で逃げた先に、無数の爆発術式が展開されていた。
 逃げるポイントを予測され、罠を張られていたようだ。

「弾けなさい」

 連鎖的に爆発していく。
 俺は蒼雷の出力を上げて防御に徹する。

「効いたな」
「そうでしょう? しかしさすが、この程度では倒せませんね」

 思った以上に強くなったな。
 今の俺の全力にもついてこられる。
 口ぶりからして時間制限付きだろうけど、おそらく俺よりは長くもつ。
 このまま戦っても、最終的に限界を迎えるのは俺のほうだ。

「仕方ない。お前は強いからな」
「何か言いましたか?」
「ああ。俺も本気を見せると言ったんだよ」
「本気? 今までも手を抜いていたと? わかりやすいハッタリですね」
「ハッタリじゃないさ。この術式だけは、使うつもりもなかったんだよ」

 未来の自分と対峙して、得られた経験と技術。
 色源雷術の完成形にして、たどり着いた究極の術式。

「色源雷術裏――」

 漆黒の稲妻が、俺の身体を覆う。

黒雷(こくらい)
「ほう。それが貴方の本気……いいえ、奥の手といったところですか?」
「ああ」

 バチバチと纏った黒雷が弾ける。
 この技を発動中、他の雷撃は使えない。

「漆黒の雷など初めて見ましたが……良いでしょう。試してあげます」

 エクトールが砲撃を放つ。
 威力も速度も桁違いにあがっている。
 熟練された術師でも、防御できるかわからない攻撃。
 俺はただ、右手を前にかざすだけで良い。
 それだけで砲撃は消える。

「――!? 今……」
「どうした?」
「いえ、どうやらこれでは足りなかったらしい!」

 さらに術式を無数に展開。
 数は数えるだけ無駄なほど、エクトールの背後を覆う。
 そこから放たれる砲撃が降り注ぎ俺を襲う。

 が、これも無意味だ。
 黒雷を纏っている今の俺には、どんな攻撃も通じない。
 砲撃は全て掻き消える。
 バリっと黒い稲妻が走り、綺麗になくなる。
 
 その様子を見て、エクトールは疑問を浮かべる。
 防御しているのではない。
 攻撃が届く前に制御を失って霧散した?
 あの黒い雷は、攻撃を退ける絶対的な何かをもっているのか?
 だとしたらその効果は一体……

「これで終わりか?」
「――っ、まだですよ! 私の全てをぶつけましょう!」

 エクトールが両腕を大きく広げる。
 展開された巨大な方陣術式に、小さな無数の方陣術式が集まっていく。

「丁度良い! この一撃で下の建物ごと破壊してさしあげましょう! いくら貴方でも、これを防ぎきることは不可能です!」

 術式が光り、特大の砲撃が放たれる。
 エクトールの全力。
 魔力の大半を消費して放たれた一撃は、確かに結界なんて簡単に破壊できそうな威力だ。
 下手をすれば、王都の街を消し飛ばせるかもしれない。
 ただし、どんな攻撃であろうと、今の俺には関係ないのだが――

「無駄だ」

 右手で触れる。
 たったそれだけのことで、彼の全力は消える。
 走った黒い稲妻が虚しく、ひと時の静寂を生み出す。

「ば、馬鹿な……ありえない。ありえないぞ! 一体何をしたのだ! どうやって防いだ!」

 激昂するエクトールに俺は答える。

「別に防いだんじゃない。ただ、お前の攻撃を変換しただけだ」
「変換……だと?」
「そうだ。黒雷の能力は触れたもの全てを黒い雷に変えることだからな」
「なっ……」

 色源雷術の裏。
 黒雷は、全ての術式を強引に合わせて完成した術式。
 七つの雷全ての力を有し、それら全てを否定する力の象徴だ。
 黒雷に触れたものは、自然だろうと魔術だろうと、無条件に雷へ変えてしまえる。
 故にどんな攻撃も俺には届かない。
 一度発動すると、しばらくの間は色源雷術を使えなくなるから、文字通りの奥の手だ。

「ありえない! そんな魔術があるものか! それではまるで神ではないか!」
「俺もそう思うよ。でも、現にここにある」
「ふざけ――」
「それから」

 大きな一歩を踏み出す。
 俺は瞬時に移動して、エクトールの懐にもぐりこんだ。
 そして、俺の右手は彼の腹に触れている。

「悪魔も、雷に変えられるんだよ」
「貴様――」
「さようなら」

 触れた箇所に黒い稲妻が走り、肉体の全てが黒く染まった直後。
 バチンと大きな音をたて、エクトールの身体は雷となって消え去った。