召喚された幻獣が役目を終えて消えていく。
 それは物語の一頁のようにあっという間の出来事だった。
 
「ぅ……ぐ……」
「おや? 驚いたね。その状態でも死なないなんて」

 厳重に四肢をもぎ取られ、ダルマのようになったグレゴア。
 全身から血を流し、地面へ落下する。
 それでも命を繋いでいるのは、彼が悪魔の中でもタフな身体を持っていたからだろう。

「化け物が……」
「はっはっはっ! 君にそう言われたくはないな~」

 グレゴアはギロっとアルフォースを睨む。
 しかし、もはや戦う力は残されていなかった。
 生きていると言っても時間の問題で、放っておけばいずれ終わりが来る。

「まぁ良い。君もそこで見ていると良いよ」

 アルフォースはそう言って、空を見上げる。
 視線の先に見える稲妻を、恋人を見つめるような視線で眺めながら言う。

「僕の弟子がどこまで成長したのかをね」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「ありえない」

 無数の砲撃が雨のように降り注ぐ。
 隙間なく、逃げ場なく、止むことのない嵐のように。
 そんな攻撃を一筋の雷撃がかき消し、多重の結界障壁を突き破る。

「こんなことが……」

 エクトールの額から汗が流れている。
 彼の心情を考察するなら、おそらくこう思っているのだろう。

 ありえない。
 ただの人間で、聖域者でもない魔術師に、自分がここまで追い込まれているなんて。
 そんなことがあっていいはずがない。

「――赤」
「ぐっ……」
 
 赤雷がエクトールの左腕を掠める。
 結界障壁では防御しきれないから、エクトールも回避するしかない。
 対する俺は、戦闘開始直後からほとんど動いていない。
 ほぼ同じ位置から攻撃を繰り返し、放たれた攻撃は赤雷でかき消していた。

「どうした? 悪魔っていうのはこの程度なのか?」
「……いいでしょう。その減らず口を叩けなくしてあげます」

 エクトールが術式を大量に展開させる。
 すべて砲撃の術式だが、何かを企んでいるのがわかる。
 放たれる砲撃の雨を、赤雷で相殺。
 砲撃と赤雷の衝突で爆発が起こり、視界が一時的に遮断される。

 気配が――
 
 その一瞬をついてエクトールは転移の術式を発動。
 俺の背後に回り込み、ゼロ距離から砲撃を撃ち出そうと手を伸ばす。

「もらった!」
「――青」

 青い稲妻がわずかに走り、エクトールの眼前から俺が消える。

「なっ――」
「遅いぞ」

 不意をついたエクトールの頭上に回り込み、背中を蹴り落とす。
 吹き飛んだエクトールは地面に叩きつけられた。
 土煙が舞う地面を、俺は上空から眺めている。
 
「いくら転移で一瞬に移動しても、その直後の行動が遅ければ意味ないさ」
「……そうですか。参考になりましたよ」

 土煙が消え、エクトールが膝をついている。
 むっくりと起き上がり、飛翔魔術で上空に戻ってきた。
 そして、彼は俺に問いかける。

「貴方は誰ですか?」
「俺のことを知っているんじゃなかったのか?」
「ええ、知っていますよ。ですが、私が知っている貴方と、今の貴方は明らかに別人だ。一体何があったのかと、疑問で頭が一杯ですよ」
「ああ、まぁそれはそうだろうな」

 憑依装着。
 師匠の修行で獲得したスキル。
 未来の自分を投影、自身の身体に憑依させることで、一時的にその力を引き出す。
 今の俺は、未来の自分自身を体現している。
 その影響か、瞳の色が七色に変化していて、魔力量も跳ね上がっている。
 さらに完成された色源雷術は、悪魔の力すら凌駕しているようだ。
 ちなみに飛翔魔術なしで空を飛んでいるのも、色源雷術の応用で、飛んでいるというより立っているというほうが正しい。

「ふっ」
「何を笑っているのです?」
「いや、何だか楽しくなってきてさ」
「楽しい……ですか。なるほど、どうやら認識を改める必要があるようですね」

 そう言ってエクトールは小さくため息を漏らす。
 先ほどまでの感情的な態度が落ち着き、冷静さを取り戻している様子だ。

「貴方は強い。ですがやはり、悪魔である我々には届かない」
「へぇ、今の戦いを経てそう言い切れるのか?」
「はい。我々悪魔は、こちらの世界では力を制限されていますからね」

 エクトールは左腕の腕輪に手をかける。

「この腕輪は、我々の制限を一時的に外すことが出来ます。本当は使うつもりはなかったのですが、貴方を倒すには、全力でなくては足りないらしい」

 その腕輪を握りつぶした。

「見せてあげましょう。私の真の力を! そして恐怖するが良い!」

 腕輪を破壊した途端、膨れ上がる魔力。
 彼の周りを突風が吹き荒れ、漏れ出した魔力場がバリバリと稲妻のように走る。
 なるほど確かに、本気ではなかったのだと理解した。

「いいね。第二ラウンドといこうか」