アルフォースとグレゴア戦闘は、目で追えない速さへ達していた。
 一瞬も気は抜けない攻防。
 もう一人に気を向けることが、命取りになってしまう。

「そこですか」

 結界の起点を破壊しようと考えるエクトール。
 起点となっている四人が身構える。
 エクトールは結界の前に降り立ち、左手で結界に触れる。
 バチっと弾かれ、理解したように言う。

「ほう。やはり相当な強度だ。それにしても面白い術式を使っていますね」

 四人が展開している結界は、アルフォースの権能を主軸に構成された術式が付与されている。
 従来の結界が、魔力量と密度に比例して強度を増すのに対して、この結界は意志の強さによって強度が増す。
 繊細な魔力コントロールが要求される結界で、恐怖や焦りでコントロールが乱れると、著しく強度が低下してしまう。
 しかし意思を強く保ち、コントロールさえ乱れなければ、世界で最も硬い結界となる。

 アルフォースが彼らを選んだ理由の一つ。
 それは、彼らなら悪魔の発する魔力にも怯えず、立ち向かえると考えたから。

「簡単には破壊激走にありませんね。まぁ時間の問題ですが」

 エクトールが方陣術式を頭上に展開。
 雨のように砲撃を降らせる。

「ぐっ……」
「グレン様」
「ああ、わかってる。これを続けられたらいずれ……」

 破壊だけに集中されては、いかに強力な結界と言えど持たない。
 空で戦っているアルフォースも、グレゴアから手が離せない様子だった。

「やむを得ん、迎撃するぞ」

 そう言ったのはアクトだった。
 彼は続けて言う。

「アルフォース様もそのつもりで、我々を選んだんだ。倒すことは考えなくて良い。奴の注意を逸らすんだ」
「わ、わかりました!」

 シトネが刀を、グレンが剣を、セリカが精霊を召喚する。

「おや、戦うつもりですか?」
「ああ」

 答えた直後、アクトが視界から消える。
 一瞬でエクトールの背後に周り、至近距離で方陣術式を発動。
 避けられない距離での攻撃。
 しかし、エクトールは結界障壁で身を守っていた。

「やはり防がれたか」
「これは驚いた。貴方は時間魔術の使い手ですね」

 アクトは自身の時間を加速させ距離をとる。
 それよりも速く、エクトールの拳が腹に入る。

「ぐっ」
「――ん? これは……」

 吹き飛んだアクトはすぐに体勢を立て直す。
 殴った拳の感覚を確かめるエクトール。

「本当に面白い術式だ。この結界術式は、起点となっている貴方たちにも付与されているのですね」
「その通りだ」

 起点となっている四人の身体は、展開している結界と同強度の防御膜を纏っている。
 生半可な攻撃では、彼らに傷をつけることは出来ない。
 アクトが迎撃を提案できたのも、この結界が身体を守っているからこそ。

「……恐ろしいな」

 ただ魔力で強化した拳。
 その一撃を受けただけで、纏っている防御膜が綻んだ。
 もしも守っていなければ、今頃風穴があいていると悟る。

「真紅!」

 アクトに注意が向いている隙をつき、グレンが炎を放つ。
 真紅は炎すら燃やす最強の炎魔術だ。

「良い炎だ。障壁を通して熱を感じる」
「なっ……」

 それすらエクトールの魔力障壁を突破できない。
 畳みかけるようにセリカが仕掛ける。

「アクト様! お下がりください!」

 セリカはエクトールの頭上にいた。

「風の精霊術師ですか」
「堕ちなさい!」

 セリカは下降気流を発生させる。
 岩すら押しつぶす風の圧力に、エクトールの周囲の地面がへこむ。

「これも中々悪くない」
「今です!」 

 風圧で動けないエクトールの背後にシトネが回り込む。
 居合の構えから、光の斬撃を放つ。

「旋光」

 斬れ味はダントツ。
 鋭い斬撃でエクトールの障壁を斬る。

「剣術と光魔術の合わせ技ですね。工夫していて大変よろしい。ですが――」

 パチンと指を鳴らす。
 音が増幅し、周囲を蹴散らす衝撃波によって、四人とも吹き飛ばされる。

「所詮は人間だ」

 続けて紫色の雷撃を放つ。

「真紅!」

 雷撃を紅蓮の炎でかき消す。
 これにはエクトールも驚いた表情を見せる。

「悪いな! 雷魔術なら――」
「リンテンス君のほうがずっとすごいよ!」

 シトネが刀構え、エクトールに斬りかかる。
 光魔術を付与して、刀を切れ味を上げている。

「それは少々……心外ですね」
「ぐっ」
「うっ」

 エクトールの雷撃が広範囲に放たれる。
 グレンは真紅を前方に展開し防御。
 シトネは至近距離だったこともあり回避が遅れる。
 直撃しそうになった時、彼女は自分の身体がふわっと浮く感覚に襲われる。

「大丈夫か?」
「お兄さん」
「さすがに速いですね。時間魔術師」

 アクトが時間の加速でシトネを抱きかかえ、雷撃の速度を遅くしながら回避していた。

「迂闊に近づきすぎるな」
「す、すみません」
「シトネさん!」
「怪我はありませんか?」

 グレンとセリカも集まる。
 シトネは頷き答える。

「うん。大丈夫だよ」

 そうして四人は悪魔と向かい合う。
 時間にして一分弱の攻防。
 たったそれだけで、全員の額から汗が流れ落ちる。