聖域者とは、神へ挑戦しその恩恵を授かった魔術師のこと。
神への挑戦権を得られるのは、一年でたった一人。
試練を受けられたとしても、乗り越えなければ聖域者にはなれない。
過去数百年の間に、聖域者となれた魔術師は、いまだ二桁に留まっている。
その中でも、神の権能を授かった魔術師はアルフォースだけだ。
「リンテンス君、魔術師とは何かな?」
「えっ……それは――」
「魔術を行使する者、と考えるなら間違いだよ」
先に間違いだと否定され、途端に言葉を詰まらせる。
だったら何なのだと、俺は視線で訴えた。
「何だい? もう降参かな? 仕方がない、君はまだ子供だからね。特別に答えを教えてあげようじゃないか」
「……何なんですか? 魔術師って」
「開拓者だよ」
「開拓……者?」
「そう。未知を暴き、文明を発展させ、未来を切り開く者のことだ」
難しい言葉が並んで、俺は半分も理解できない。
ただ伝わるのは、俺が思っている魔術師と言う概念が、大きくずれているということ。
アルフォースは続けて言う。
「歴史を振り返ってごらん? 文明の発展には、必ず魔術師がついているだろう? 今の生活の大半だって、魔術師が造り上げた物の一端。その恩恵にあずかっているだけだ」
「それは……そうですね」
「うん。まぁもっと簡単に言うとね? 魔術師って新しいものをずっと生み出してきたんだ」
新しいもの……
魔術の発展に伴って進化した文明。
俺たちが生活している基盤を作ったのも、昔の偉大な魔術師たちだと、彼は言っている。
「そこに常識はない。囚われていては何も生み出せない。今の君はまさしくそれだ」
「えっ?」
「囚われているじゃないか。才能を失って、何もできなくなってしまったのだと」
「っ……」
現実に引き戻される一言だ。
俺の心に刺さったナイフが、ぐりっと抉られた気がする。
「そうやって限界だと決めつけるから、少し先の未来を掴めなくなるんだよ」
「でも……」
「確かに君は十種の属性を失った。それはハンデだけど、君がこれまでしてきた努力まで消えたわけじゃないだろ?」
彼はそう言いながら、ニコリと微笑んで指をさす。
起源があるとされる右胸から、心臓が鼓動をうつ左胸へ。
「魔力量、コントロールと術式を構築するセンス。それから知識とか、そういうものは消えていない。君はこれまで自分がしてきた努力まで否定するのかい?」
その言葉に、心が動く。
心臓じゃない。
止まっていたのは俺の心で、消えてしまいたいという弱さだ。
そうだ……思い出した。
俺は別に、父上や母上のためだけに魔術を習っていたわけじゃないんだ。
ただ、楽しかったんだ。
新しいことが出来て、いろんな体験に繋がることが、何にも代えがたい幸福だったんだ。
「俺は……まだ、魔術師になれますか?」
「すでになっているよ。君がそうだと心に強く思っているなら、誰が何と言おうと魔術師だ。そして、面白い才能を持っているね」
「えっ……才能?」
「うん。どうかな? 僕の弟子になる気はないかい?」
「で、弟子に!?」
思わず驚いて、流れそうになっていた涙が吹き飛んだ。
目を擦り、耳を叩いて聞きなおす。
「どうして?」
「う~ん、何となくかな? 君が気に入った……ていうのでどうだろう?」
そう言った彼の笑顔は、底抜けに明るくて、無色透明だった。
真意はまったく読み取れない。
だけど、俺の答えなら決まっている。
やりたいことは、ずっと前から変わらない。
「俺も……聖域者になれますか?」
「それは君次第だ。少なくとも僕は、その可能性があると踏んでいる」
「だったら、俺を弟子にしてください!」
「いいとも! ただし僕は厳しいよ? 途中で音を上げたって、止めてあげないからね」
「はい!」
大丈夫だ。
俺はもう、絶望の味を知っている。
深くて暗い海底に沈みこんでしまうような冷たさ。
孤独がどれだけ寂しいのかを、身をもって体験した。
「よーし! じゃあさっそく修行を始めよう」
「今からですか?」
「もちろんさ。善は急げって、どこかの偉い人が残した言葉に従おう」
師匠は俺を屋敷の外へと連れ出した。
敷地内には小さい庭があって、簡単な訓練なら出来る。
向かい合った師匠は、杖をトンと地面に当てた。
次の瞬間――
世界が真っ白な壁に包まれて、一瞬だけ宙に浮く。
浮遊感が終わると、視界一面を覆うような花畑が映し出される。
他にも島が浮いている。
青い空の真ん中で、俺たちは浮遊する大地の上に立っている。
「な、何ですかこれ!」
「僕の夢を具現化した空間だよ。ここなら邪魔も入らないし、どれだけ派手に動いても迷惑もかからないからね」
夢を具現化?
そんなことが可能なのか。
ありえない光景に理解が追いつかない。
それでも確信をもって言える。
これが……世界最高の魔術師か。
神への挑戦権を得られるのは、一年でたった一人。
試練を受けられたとしても、乗り越えなければ聖域者にはなれない。
過去数百年の間に、聖域者となれた魔術師は、いまだ二桁に留まっている。
その中でも、神の権能を授かった魔術師はアルフォースだけだ。
「リンテンス君、魔術師とは何かな?」
「えっ……それは――」
「魔術を行使する者、と考えるなら間違いだよ」
先に間違いだと否定され、途端に言葉を詰まらせる。
だったら何なのだと、俺は視線で訴えた。
「何だい? もう降参かな? 仕方がない、君はまだ子供だからね。特別に答えを教えてあげようじゃないか」
「……何なんですか? 魔術師って」
「開拓者だよ」
「開拓……者?」
「そう。未知を暴き、文明を発展させ、未来を切り開く者のことだ」
難しい言葉が並んで、俺は半分も理解できない。
ただ伝わるのは、俺が思っている魔術師と言う概念が、大きくずれているということ。
アルフォースは続けて言う。
「歴史を振り返ってごらん? 文明の発展には、必ず魔術師がついているだろう? 今の生活の大半だって、魔術師が造り上げた物の一端。その恩恵にあずかっているだけだ」
「それは……そうですね」
「うん。まぁもっと簡単に言うとね? 魔術師って新しいものをずっと生み出してきたんだ」
新しいもの……
魔術の発展に伴って進化した文明。
俺たちが生活している基盤を作ったのも、昔の偉大な魔術師たちだと、彼は言っている。
「そこに常識はない。囚われていては何も生み出せない。今の君はまさしくそれだ」
「えっ?」
「囚われているじゃないか。才能を失って、何もできなくなってしまったのだと」
「っ……」
現実に引き戻される一言だ。
俺の心に刺さったナイフが、ぐりっと抉られた気がする。
「そうやって限界だと決めつけるから、少し先の未来を掴めなくなるんだよ」
「でも……」
「確かに君は十種の属性を失った。それはハンデだけど、君がこれまでしてきた努力まで消えたわけじゃないだろ?」
彼はそう言いながら、ニコリと微笑んで指をさす。
起源があるとされる右胸から、心臓が鼓動をうつ左胸へ。
「魔力量、コントロールと術式を構築するセンス。それから知識とか、そういうものは消えていない。君はこれまで自分がしてきた努力まで否定するのかい?」
その言葉に、心が動く。
心臓じゃない。
止まっていたのは俺の心で、消えてしまいたいという弱さだ。
そうだ……思い出した。
俺は別に、父上や母上のためだけに魔術を習っていたわけじゃないんだ。
ただ、楽しかったんだ。
新しいことが出来て、いろんな体験に繋がることが、何にも代えがたい幸福だったんだ。
「俺は……まだ、魔術師になれますか?」
「すでになっているよ。君がそうだと心に強く思っているなら、誰が何と言おうと魔術師だ。そして、面白い才能を持っているね」
「えっ……才能?」
「うん。どうかな? 僕の弟子になる気はないかい?」
「で、弟子に!?」
思わず驚いて、流れそうになっていた涙が吹き飛んだ。
目を擦り、耳を叩いて聞きなおす。
「どうして?」
「う~ん、何となくかな? 君が気に入った……ていうのでどうだろう?」
そう言った彼の笑顔は、底抜けに明るくて、無色透明だった。
真意はまったく読み取れない。
だけど、俺の答えなら決まっている。
やりたいことは、ずっと前から変わらない。
「俺も……聖域者になれますか?」
「それは君次第だ。少なくとも僕は、その可能性があると踏んでいる」
「だったら、俺を弟子にしてください!」
「いいとも! ただし僕は厳しいよ? 途中で音を上げたって、止めてあげないからね」
「はい!」
大丈夫だ。
俺はもう、絶望の味を知っている。
深くて暗い海底に沈みこんでしまうような冷たさ。
孤独がどれだけ寂しいのかを、身をもって体験した。
「よーし! じゃあさっそく修行を始めよう」
「今からですか?」
「もちろんさ。善は急げって、どこかの偉い人が残した言葉に従おう」
師匠は俺を屋敷の外へと連れ出した。
敷地内には小さい庭があって、簡単な訓練なら出来る。
向かい合った師匠は、杖をトンと地面に当てた。
次の瞬間――
世界が真っ白な壁に包まれて、一瞬だけ宙に浮く。
浮遊感が終わると、視界一面を覆うような花畑が映し出される。
他にも島が浮いている。
青い空の真ん中で、俺たちは浮遊する大地の上に立っている。
「な、何ですかこれ!」
「僕の夢を具現化した空間だよ。ここなら邪魔も入らないし、どれだけ派手に動いても迷惑もかからないからね」
夢を具現化?
そんなことが可能なのか。
ありえない光景に理解が追いつかない。
それでも確信をもって言える。
これが……世界最高の魔術師か。