「聖域者を倒した悪魔が、この学校に攻め込んでくるんですね?」
「うん。彼ら自身がそう言っていたらしいよ」
悪魔と戦ったアベル様が、会話の中でその情報を引き出した。
いずれお前たちの城を落としに行く。
残りの楔共も集めておけ。
そして精々足掻いてみせろ。
去り際、悪魔はそう言い残したそうだ。
城と言えば王城だが、師匠の話を聞いた後では受け取り方も変わる。
残りの楔というのも、聖域者のことだろう。
彼らの目的は、師匠が教えてくれたことで間違いなさそうだ。
問題は……
「いつですか?」
「僕の予想だと、一週間以内かな。どれだけの傷を負ったのかにもよるし、最悪もっと早い」
現在、王城では急いで戦力を集めているそうだ。
とは言え、聖域者で叶わなかった相手に、魔術師や騎士を何人集めたところで意味がない。
死体の山を築くだけになってしまうだろう。
「じゃあ……師匠が戦うんですね」
「もちろんさ。そもそも僕以外では止められない相手だ。国王や重鎮たちもそれをわかっているから、もの凄く丁寧にお願いされたよ」
師匠は笑いながら語る。
笑い事ではないのだが、師匠らしくて安心する。
「師匠なら負けませんもんね」
「おうとも! と、言いたいところなのだがねぇ~」
笑顔からの落差。
急に深刻そうな表情を見せ、自分の頭をポンポンと叩きながら言う。
「正直に言うと、ちょっと厳しいかな」
「厳しいって」
「君も知っての通り、僕はこう見えて強い」
知っている。
この世界で最高の魔術師なのだから。
「悪魔が相手でも戦える。ただ相手は聖域者を倒したほどの手練れ……それも二人で攻めてくる可能性が高い。加えて学校を守りながらの戦いだ。一人なら何とかなるけど、二人はちょっとしんどい」
「師匠でも……ですか?」
「うん。だから――」
師匠が俺の眼を真っすぐ見つめる。
俺に何かを伝えようとしている眼だ。
この時点で俺は、師匠がこれから何を言うのか、何となく察した。
「一緒に戦ってくれる仲間がほしくて、ここへ立ち寄ったのさ」
言葉より先に、視線が雄弁に語る。
それは……お前だと。
「リンテンス、僕と一緒に悪魔と戦ってほしい」
「――!」
全身に稲妻が走ったような感覚に襲われる。
身が震えた。
恐怖ではなく、武者震いというやつだ。
「わか――」
「待ってください! アルフォート様!」
返事をしようとした俺の声を、グレンの声が遮る。
大きな声で怒鳴るように口を挟んだ彼に、全員の視線が向けられる。
「なぜ彼なんですか? 相手は聖域者すら倒すほどの強さなのでしょう? いくら何でも危険すぎます」
「グレン……」
グレンは俺のことを心配して言ってくれている。
口にした内容も正しい。
彼はさらに続けて進言する。
「協力を仰ぐのであれば、残る二名の聖域者に求めるべきではありませんか?」
「残念ながらそれは無理だよ」
「なぜです?」
「う~ん、ほとんど説明しなくてもわかると思うけどな~ ボルフステン家の人間なら、聖域者の事情にも詳しいはずだろう?」
師匠がそう言うと、グレンは黙り込んでしまう。
図星だったのだろう。
それでも、わかった上で聞くしかなかったのだと思う。
納得できないという表情は変わらない。
そんなグレンに、師匠はあえて説明する。
「僕以外の聖域者は二人。うち一人は数年前から行方不明。さすがに生きているとは思うけど、どこで何をしているかわからない。もう一人、彼女に協力を求めた所で、確実に拒否されるよ」
「どうしてですか?」
と聞いたのはシトネだった。
師匠は優しく答える。
「彼女は聖域者だけど、あまり戦闘が得意じゃないんだ。得ている加護も戦いに向いていない。彼女自身がそれを一番理解している」
「そう……なんですね」
「うん。もちろん聖域者だから、その辺の魔術師とは比較にならない強さだよ? それでも悪魔には及ばない。だから勝てない戦いには出てこない。そもそも彼女は隠れるのが得意でね。探すのがまず一苦労なんだよ」
聖域者にもそれぞれ事情があるようだ。
要するに、現状で戦える聖域者は、師匠ただ一人。
「聖域者に協力は頼めない。残された魔術師の中で、僕が知る限り一番可能性を持っているのはリンテンスなんだよ」
グレンたちの視線が俺に向く。
心配そうに見つめる彼らを見てから、俺は師匠に視線を戻して尋ねる。
「俺なら……悪魔に勝てるんですか?」
「僕はそう思っているよ」
師匠の答えを聞いて、心の中で決心がつく。
いや、決心なら最初からついていた。
師匠に頼られた時点で、回答なんて一つしか思いつかない。
「わかりました」
俺はまっすぐに師匠の眼を見つめながらそう答えた。
すると、師匠は嬉しそう微笑む。
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思ったよ」
「師匠の頼みですからね。弟子として、断るわけにはいきませんよ」
「はっはっはっ、さすが僕の弟子だ」
師匠は笑っている。
俺の隣では、対照的に不安そうな顔をするグレンとシトネ。
「ありがとう、グレン」
「……本当にいいんだな?」
「ああ」
「そうか……」
グレンは言葉を呑み込んで、拳を俺の胸に当てる。
「死んだら絶交だ」
「おう」
男の約束を交わす。
せっかくできた友達と絶交なんて嫌だな。
これは意地でも勝つしかない。
それに……
「シトネもごめん。心配しなくて良い……って言っても無理だよな?」
「うん。心配するよ」
「……ごめん」
「ううん。信じてるよ」
「ああ」
心配してくれる人がいる。
一人ぼっちじゃないと教えてくれた人たちがいる。
だから俺は、負けるわけにはいかない。
「うん。彼ら自身がそう言っていたらしいよ」
悪魔と戦ったアベル様が、会話の中でその情報を引き出した。
いずれお前たちの城を落としに行く。
残りの楔共も集めておけ。
そして精々足掻いてみせろ。
去り際、悪魔はそう言い残したそうだ。
城と言えば王城だが、師匠の話を聞いた後では受け取り方も変わる。
残りの楔というのも、聖域者のことだろう。
彼らの目的は、師匠が教えてくれたことで間違いなさそうだ。
問題は……
「いつですか?」
「僕の予想だと、一週間以内かな。どれだけの傷を負ったのかにもよるし、最悪もっと早い」
現在、王城では急いで戦力を集めているそうだ。
とは言え、聖域者で叶わなかった相手に、魔術師や騎士を何人集めたところで意味がない。
死体の山を築くだけになってしまうだろう。
「じゃあ……師匠が戦うんですね」
「もちろんさ。そもそも僕以外では止められない相手だ。国王や重鎮たちもそれをわかっているから、もの凄く丁寧にお願いされたよ」
師匠は笑いながら語る。
笑い事ではないのだが、師匠らしくて安心する。
「師匠なら負けませんもんね」
「おうとも! と、言いたいところなのだがねぇ~」
笑顔からの落差。
急に深刻そうな表情を見せ、自分の頭をポンポンと叩きながら言う。
「正直に言うと、ちょっと厳しいかな」
「厳しいって」
「君も知っての通り、僕はこう見えて強い」
知っている。
この世界で最高の魔術師なのだから。
「悪魔が相手でも戦える。ただ相手は聖域者を倒したほどの手練れ……それも二人で攻めてくる可能性が高い。加えて学校を守りながらの戦いだ。一人なら何とかなるけど、二人はちょっとしんどい」
「師匠でも……ですか?」
「うん。だから――」
師匠が俺の眼を真っすぐ見つめる。
俺に何かを伝えようとしている眼だ。
この時点で俺は、師匠がこれから何を言うのか、何となく察した。
「一緒に戦ってくれる仲間がほしくて、ここへ立ち寄ったのさ」
言葉より先に、視線が雄弁に語る。
それは……お前だと。
「リンテンス、僕と一緒に悪魔と戦ってほしい」
「――!」
全身に稲妻が走ったような感覚に襲われる。
身が震えた。
恐怖ではなく、武者震いというやつだ。
「わか――」
「待ってください! アルフォート様!」
返事をしようとした俺の声を、グレンの声が遮る。
大きな声で怒鳴るように口を挟んだ彼に、全員の視線が向けられる。
「なぜ彼なんですか? 相手は聖域者すら倒すほどの強さなのでしょう? いくら何でも危険すぎます」
「グレン……」
グレンは俺のことを心配して言ってくれている。
口にした内容も正しい。
彼はさらに続けて進言する。
「協力を仰ぐのであれば、残る二名の聖域者に求めるべきではありませんか?」
「残念ながらそれは無理だよ」
「なぜです?」
「う~ん、ほとんど説明しなくてもわかると思うけどな~ ボルフステン家の人間なら、聖域者の事情にも詳しいはずだろう?」
師匠がそう言うと、グレンは黙り込んでしまう。
図星だったのだろう。
それでも、わかった上で聞くしかなかったのだと思う。
納得できないという表情は変わらない。
そんなグレンに、師匠はあえて説明する。
「僕以外の聖域者は二人。うち一人は数年前から行方不明。さすがに生きているとは思うけど、どこで何をしているかわからない。もう一人、彼女に協力を求めた所で、確実に拒否されるよ」
「どうしてですか?」
と聞いたのはシトネだった。
師匠は優しく答える。
「彼女は聖域者だけど、あまり戦闘が得意じゃないんだ。得ている加護も戦いに向いていない。彼女自身がそれを一番理解している」
「そう……なんですね」
「うん。もちろん聖域者だから、その辺の魔術師とは比較にならない強さだよ? それでも悪魔には及ばない。だから勝てない戦いには出てこない。そもそも彼女は隠れるのが得意でね。探すのがまず一苦労なんだよ」
聖域者にもそれぞれ事情があるようだ。
要するに、現状で戦える聖域者は、師匠ただ一人。
「聖域者に協力は頼めない。残された魔術師の中で、僕が知る限り一番可能性を持っているのはリンテンスなんだよ」
グレンたちの視線が俺に向く。
心配そうに見つめる彼らを見てから、俺は師匠に視線を戻して尋ねる。
「俺なら……悪魔に勝てるんですか?」
「僕はそう思っているよ」
師匠の答えを聞いて、心の中で決心がつく。
いや、決心なら最初からついていた。
師匠に頼られた時点で、回答なんて一つしか思いつかない。
「わかりました」
俺はまっすぐに師匠の眼を見つめながらそう答えた。
すると、師匠は嬉しそう微笑む。
「ありがとう。君ならそう言ってくれると思ったよ」
「師匠の頼みですからね。弟子として、断るわけにはいきませんよ」
「はっはっはっ、さすが僕の弟子だ」
師匠は笑っている。
俺の隣では、対照的に不安そうな顔をするグレンとシトネ。
「ありがとう、グレン」
「……本当にいいんだな?」
「ああ」
「そうか……」
グレンは言葉を呑み込んで、拳を俺の胸に当てる。
「死んだら絶交だ」
「おう」
男の約束を交わす。
せっかくできた友達と絶交なんて嫌だな。
これは意地でも勝つしかない。
それに……
「シトネもごめん。心配しなくて良い……って言っても無理だよな?」
「うん。心配するよ」
「……ごめん」
「ううん。信じてるよ」
「ああ」
心配してくれる人がいる。
一人ぼっちじゃないと教えてくれた人たちがいる。
だから俺は、負けるわけにはいかない。