俺とグレンが空を見上げる。

「これは……」
「何だ?」

 黒い闇が青空を覆い隠す。
 その場にいた全員が上を見上げていた。
 立ち止まり、訓練も忘れている。

「黒い……雲?」

 シトネはそう言いながら首を傾げる。
 続けてセリカが言う。

「雲ではなさそうです。ウィンネが怯えている」

 風の精霊が震えている。
 突如、それは何の前触れもなく出現した。
 雲ではなく、見た目は沼に近い。
 ドロドロとしているようで、落ちてはこないけど、何だか汚らしい。
 
 そして――

 漆黒のそれは、同じく漆黒の影を呼び出す。
 
 ワイバーンと同じ形状をしている。
 ただし、大きさはワイバーンの十倍を超え、迫力は似て非なるもの。
 黒い翼を羽ばたかせ、ギロっと赤い目で睨まれれば、誰もが死を悟るだろう。

 ほとんどの者たちが初対面。
 俺は……久しぶりだ。

 ドラゴンが声をあげ、翼をばさりと開く。
 その迫力を前に、誰もが動けない。
 森にいた全員が声を忘れ、戦うことも忘れてしまっていた。
 ただ一人を除いて――

「蒼雷」

 青い雷を纏い地面を蹴る。
 そのままドラゴンの頭部を、思いっきり殴り飛ばした。

「リンテンス君!」
「全員下がれ! こいつは俺が倒す!」

 俺が大声で叫ぶ。
 シトネたちはもちろん、他のクラスメイトにも言ったつもりだ。
 ドラゴンが相手では、さすがにみんなを庇いながら戦えない。
 それに今回は、ドラゴンの中でも最強と評されるブラックドラゴンだからな。

 ドラゴンには種類がある。
 簡単な色分けで、黒と白がもっとも強い個体とされ、次が赤、黄、青、灰色の順だ。
 俺が中間試験と言われ戦ったのはレッドドラゴン。
 冒険者として追い払った群れは、青と赤の混合だった。
 
 ドラゴンの尾が、空中の俺を叩き落とす。
 吹き飛ばされた俺は、地面に叩きつけられた。
 蒼雷を纏っているから平気だが、尻尾だけでかなりの破壊力を持っているようだ。

「ちっ、黒は初めてだな」

 今の一撃だけでわかる。
 他の色とは明らかに異なる強さだ。
 本気で戦うべきだと悟り、大きく深呼吸をする。

 ドラゴンも俺を敵として定めたのか、こちらを睨んでいる。

 いつの間にか、さっきの黒い影は消えていた。
 おそらく転移系の魔術で、人為的に送り込まれたのだろう。
 色々と疑問はあるが、今やるべきことは一つだ。
 
「まず、お前を倒す」

 右腕を前に伸ばし、左手で支える。
 
「赤雷!」

 放たれる赤い稲妻。
 言わずもがな、最大威力で放った一撃だ。
 対してドラゴンは顎を開き、黒いブレスを放つ。
 黒い砲撃と赤い稲妻。
 二つがぶつかり合い、中央で爆発する。

「くっ……」

 ブレスも桁違いだな。
 赤雷で競り負けそうになったぞ。
 
 ドラゴンは上空で毅然と待ち構えている。
 まるで、ここまで来いと言っているように見えた。

 上空対地上。
 分があるのは上空だ。
 ならばこちらも、同じフィールドで戦うまで。

 色源雷術黄雷(おうらい)――

(おおとり)

 黄色の稲妻が走り、頭上で一つへと集結する。
 集まった雷は形を変えていき、大きな雷の鷹となった。
 黄雷は意思を持つ雷を生み出す。
 召喚魔術の術式と掛け合わせることで、精霊のような存在を生み出す術式に進化した。
 俺は鳳に飛び乗り空へあがる。

「藍雷――大槍」

 そのまま藍雷で巨大な槍を生成。
 ドラゴンの腹目掛けて投げ飛ばすが、硬い鱗に覆われていて、貫けず弾かれる。

「さすがに硬いか」

 レッドドラゴンなら、今ので貫けたんだがな……
 藍雷の貫通力では、ブラックドラゴンの鱗は貫けない。
 加えて――

 こいつは動きも速い。
 頭も回るのだろう。
 翼と尻尾を巧みに使い、俺を叩き落とそうとしている。
 俺は回避しながら、赤雷と藍雷の弓を駆使して応戦。
 しかし、どちらもブラックドラゴンにダメージは与えられない。
 
 ノーモーションからのドラゴンブレス。
 今度は赤雷が間に合わず、回避に徹した。
 もし一撃でも受ければ、蒼雷を纏っている状態でも大ダメージを負う。
 
「さて……」

 どうする?
 俺は思考を回らせる。
 ブラックドラゴンの鱗を貫く方法。
 考えられるパターンはあるが、どれも時間がかかってしまう。
 それを悠長に待つほど、ドラゴンものんびり屋じゃない。
 一番可能性の高い手の中で、一番短い時間では使える手段。
 それでも十秒はかかるだろう。
 つまり、十秒の足止めがいるということ。

 ならば――

「ドラゴンの相手は、ドラゴンに任せよう」

 俺は両手を上にかざす。

「色源雷術黄雷――竜」

 発生した膨大な雷撃が、一本の線を引くように伸びる。
 さらにグルグルと雷が巡り、巨大な蛇のような形へ変化した。
 同じドラゴンでも、こっちのはモチーフが違う。
 神話や童話に登場する架空の生物としてのドラゴンであり、神の使いとも呼ばれる。

 名を神竜という。

 とぐろを巻いた竜が、俺と共にブラックドラゴンを睨む。

「さぁ、始めようか」