色源雷術奥義――白雷。
 その効果は、魔力のみを貫き霧散させる。
 白雷を受けた魔術師は、内に宿る魔力を全て貫かれ消費してしまう。
 故に、完全な魔力欠乏を起こし、行動不能となる。

「ぐっ……」

 兄さんは片膝をつき、同じ側の手を地面につける。
 白雷によって魔力が消失し、もはや立っていることすら出来ない。
 いや、意識を保っているだけでも凄い。
 肉体へのダメージはなくとも、雷を受けた衝撃はあるから、気絶してしまうかと思ったが……

「はぁ、はぁ……さすが兄さん」

 こっちもすでに限界が近い。
 魔術師にとっての天敵といえる白雷は、保有魔力の半分を消費する。
 満タンな状態であっても、一日二発が限度の大技だ。
 仮に二発使えば、こちらも魔力切れを起こし、魔術師としての戦闘は困難となる。
 激戦の後の一発で、残された魔力は一割以下と言ったところか。

 だが、これで――

「俺の勝ちだよ、兄さん」

 俺は動けない兄さんに近づき、勝利を宣言した。
 魔力がある者とない者、その差が埋まらないことは誰もが知っている。
 会場の全員が、勝敗は決したと思っているだろう。

「まだ……俺は動けるぞ」
「兄さん……」
「勝敗は決していない。戦う意思を残している時点で……終わらせたいなら、あと一撃だ」
「何を言ってるんだ。もう、兄さんは戦えないだろ」

 魔力も尽き、体力も限界だ。
 そんな自分に止めを刺せと、兄さんは言っている。
 もしかすると、会場の観客たちも、早く終わらせろと思っているかもしれないな。

 兄さんは弱々しい声で続ける。

「戦いに甘さは命取りだ。聖域者になりたいのなら、その甘さは捨てておけ。敗者に情けは不要だ」
「……違う。違うよ兄さん」
「リンテンス?」

 無意識だった。
 感情の高ぶりで、勝手にあふれ出たんだ。
 ポタポタと瞳から、頬をつたって落ちる。
 戦いの最中、涙を流すことがどれほど情けないのか、わかっていたつもりだった。
 でも、止まらなかったんだ。
 兄さんと戦えて、奥にある心に触れた気がする。
 冷たくて、寂しくて、消えてしまいそうな弱々しい光。
 師匠と出会う前の俺と同じみたいに。

「無理だよ。兄さんを傷つけるなんて、俺には出来ない」
「お前……」

 それが、俺の本心だった。
 両親のことは許せない。
 貴族の家も、背負った宿命も呪ったことすらある。
 だけど、兄さんのことを嫌いだと思ったことは、今まで一度もないんだ。
 ずっと見てきたから。
 期待に応えようと必死に努力して、辛くても俺の前では優しく笑ってくれる。
 そんな兄さんこそ、俺の憧れで目標だったんだよ。

「ふっ、相変わらず……」

 兄さんは小さくため息をこぼし、笑いながら俺に言う。

「優しいな、お前は」

 その笑顔は、幼き日に見せてくれたものと同じ。
 優しくて、温かい笑顔だった。
 直後、兄さんは限界を迎え、意識が沈み倒れ込む。
 地に身体がぶつかるより早く、俺は兄さんの身体を受け止めていた。

 親善試合勝者――新入生代表リンテンス・エメロード!

 勝利のアナウンスが響き、会場中が歓声で沸き上がる。
 そんな中、俺は兄さんを背負ってフィールドを出る。
 救護班がスタンバイしていて、こちらへ駆け寄ってきたのが見えた。
 俺はそれを無視して、兄さんを運ぶ。
 
 歓声は聞こえない。
 賞賛だろうと罵声だろうと、今はどうでもいい。
 この人は……俺が背負うべきだ。
 今はただ、それしか考えられなかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 試合が終わり、控室に戻った。
 兄さんは魔力を消費した疲労で眠ったまま、医療室で横になっている。
 しばらくすれば目覚めるだろう。

「リンテンス君!」
「シトネ」

 唐突に扉が勢いよく開いて、シトネが飛び入ってきた。
 そのまま胸に飛び込んできて、キラキラと目を輝かせながら言う。

「凄かった! 凄くてすごかったよ!」
「ははっ、何だそれ」

 興奮し過ぎて語彙が乏しくなっているな。
 これはこれで可愛らしいし、何より感動しているのが伝わって、心の底から嬉しかった。
 後からグレンとセリカも顔を出す。

「お疲れさまでした」
「見事な試合だったな、二人とも」
「ああ」

 俺だけじゃない。
 兄さんも賞賛される戦いをしたと、一体どれだけの人に伝わっただろうか。
 一番伝わってほしい人たちは、どう思っているのだろうか?
 その答えは、すぐに向こうからやってきた。

「失礼するよ」
「父上……」

 控室にやってきたのは父上と母上だった。
 二人とも、あからさまにニコニコしていて気持ち悪い。
 この時点で俺は、全てを察した。

「素晴らしい戦いだったな! リンテンス」
「ええ、まさか貴方がここまで強くなっているなんて、本当に驚いたわ」

 二人は悠々と語り出す。
 俺もみんなも、その言葉に耳を傾ける。

「よくここまで頑張ったな。お前ならもしかすると、本当に聖域者になれるかもしれない」
「ええ、今まで一人にしてごめんなさい」

 よく頑張った……だって?
 まるで見てきたような言い方じゃないか。
 一人にしてごめんなさい?
 本当にそう思っているなら、なぜ突き放すようなことをしたんだよ。

「本当に今日まで頑張ったね。これからまた一緒に暮らそうじゃないか。どうかな? 友人たちも一緒に食事でも」
「そうね。せっかくだし――」
「ふざけるなよ」

 言葉は感情の高ぶりで勝手に出ていた。
 場がシーンと静まり返り、二人とも困ったような顔をする。
 対して俺は、怒りを隠しきれないでいた。

「あんたらの言葉はうわっつらだけだ。俺のことを見てるんじゃなくて、家柄とか地位のことしか考えてない。今も昔も、何一つ変わってない」
「リ、リンテンス?」
「兄さんのところには行ったのか?」
「あ、いや……」
「どうして行かない? 兄さんの所へ先に顔を出すのが普通じゃないのか? 兄さんが一体、誰の期待に応えるため戦ったと思ってるんだ?」

 ああ、駄目だ。
 これ以上は言ってはいけないと、理性がささやいている。
 ただ、残念ながらそんな囁きは聞けない。

「戻って来い? そう言って、今度はまた兄さんをのけ者にするのか?」
「……」
「図星か」

 虫唾が走るよ。

「ハッキリ言おう! 俺も兄さんも、あんたらが見栄を張るための道具じゃない! そっちの都合を、俺たちに押し付けるな!」
「なっ……リンテンス、親に向ってなんてことを」
「親だというのなら、なぜ一緒に暮らさなかったのですか?」

 そう言ってくれたのはグレンだった。
 他の二人も、厳しい表情で俺の両親を見ている。
 何か言いたげだが、相手がグレンだからか、言い淀んでいる。

「……くっ、行こうか」

 父上は唇を噛みしめ、悔しそうに背を向ける。
 別れの挨拶はしない。
 もう二度と、直接会うことはないだろう。  

「ふぅ」

 言いたいことを全部言えて、スッキリした気分だ。
 本当の意味で、ようやく俺は解放されたのかもしれない。

「ありがとう、みんな」

 こうして、激闘は終結した。


 この十日後。
 東西の大陸の果てにて未知の敵が出現。
 現聖域者二名が対処にあたった。
 うち一人は重傷を負い、もう一人の聖域者は……死亡した。