親善試合の会場は、入学試験でも使われた闘技場だ。
 あの時は単なる集合場所として利用されたが、今回は本来の用途で使われる。
 更地だった地面には障害物となる岩や木が植えられ、土を増やし高低差も作られている。
 戦うためのフィールドは前日から準備されていたようだ。
 そして、観客席にはズラッと多くの生徒たちが座っている。
 一から三年の生徒はもちろん、卒業生や魔術師団の人たち、保護者から王国の重鎮まで勢ぞろいだ。
 たかが親善試合で何という賑わい……と思うが、あながち馬鹿に出来ない。
 サルマーニュ魔術学校の卒業生は、この国の未来を担う存在となり得る。
 特に三年の主席ともなれば、聖域者に最も近い存在だ。
 期待から値踏みするような目で見られても不思議ではないだろう。

「準備は万端だね?」
「ああ、お陰様で助かったよ。グレン」
「どういたしまして。僕も良い修行になった」

 代表者の控室に、俺を含めて四人の姿がある。
 修行に付き合ってくれたシトネ、グレン、セリカ。
 特にグレンのお陰で、コンディションは十全に仕上がったと言っても過言ではない。
 俺は力を入れた拳を見つめる。
 すると、シトネがその手を握って言う。

「頑張ってね!」
「ああ」

 試合前に勇気を注入された気分だな。
 これでより一層、調子は良くなったに違いない。

「じゃあ僕たちも観客席に向うよ」
「武運を祈ります」
「ああ、見ていてくれ」

 三人が部屋を出て行き、俺は一人残される。
 試合開始まであと十五分。
 静かな部屋で一人になると、余計に色々と考えが浮かぶ。

「兄さん……」

 緊張ではない。
 武者震いとも違う。
 何とも形容しがたい震えが、僅かに俺を動かしている。
 
 ここで待っていても落ち着かない。
 そう思った俺は、少し早いが控室を出ることにした。
 フィールドに入るトンネルで、戦いのゴングが鳴るのを待つ。
 そのつもりだったのだが……

「兄さん!」
「リンテンスか」

 偶然にも、道中で兄さんと出くわしてしまった。
 互いに向かい合い、無言のまましばらく経つ。
 これから戦う相手と戦う前に会ってしまうなんて、何とも間が悪い。
 俺も兄さんも、その場を立ち去ろうとする。

「ここにいたのか? アクト」

 が、またしても偶然が重なる。
 その声に反応したのは、兄さんだけではなかった。
 俺も……声の主をよく知っている。
 なぜならその人は――

「来てくださったのですね、父上」
「もちろんだとも、お前の活躍を見れる機会だからな」

 兄の父であり、俺の父でもある。
 直接顔を見るのは、家を追い出された日以来だ。

「お久しぶりです。父上」
「ん? ああ、何だいたのかリンテンス」

 気付いていた癖に、わざとらしく父上は言う。
 ならばこちらも、知っているであろうことをあえて口にしよう。

「はい。親善試合の代表ですから」
「ほう、そうだったな。何かの手違いかと思ったが……そうか。お前のような落ちこぼれを選出するなど……今年の一年生は期待できそうにないな」

 やれやれ、と言いたげにジェスチャーをする父上。
 これが、久しぶりに会った父と子の会話だ。
 もし何もしらない他人が横で聞いていたら、一体どう思うだろう?
 想像しなくてもわかる。

「ではな、アクト。()()()()期待しているぞ」
「はい、父上」

 そう言って、父上は観客席のほうへと歩いていく。
 
 お前には……か。
 要するに、俺には期待していないという意味なのだろう。
 わかりやすくて助かるよ。
 お陰でごちゃごちゃ考えずに戦える。
 
 そして、外からブーという音が聞こえてくる。

「時間だぞ」
「はい」

 俺と兄さんは別々の方向へと進む。
 背を向けぐるっと回り、対角の出入り口からフィールドへ入った。
 会場が湧き上がる。
 アナウンスが何かをしゃべっているが、フィールドにいる俺には聞こえてこない。
 観客席の声でかき消されているからだ。
 いや、そうでなくても聞こえなかっただろう。
 今の俺にとって、目の前の情報が全て。
 余計な情報は省き、戦いが始まった後の流れをシミュレートする。

「父上ではないが、俺も驚いている」

 唐突に、兄さんが口を開いた。
 研ぎ澄まされつつあった緊張が、僅かに緩む。

「俺が相手ってことにですか?」
「ああ……だが、小さな予感はあった。俺とお前が()()()()()()日からずっと、こうして戦う瞬間が訪れる予感が……。それが今日だとは、微塵も思っていなかったがな」
「……俺も、こんなに早く兄さんと戦うことになるなんて思いませんでしたよ」
「ふっ、見ろ」

 兄さんは観客席へ視線を向ける。
 俺もその視線に合わせて、ぐるりと観客席を見渡した。

「大勢の人が見ている。勝てば賞賛、負ければ恥だ」
「そうでしょうね」
「わかっているのか? 今のお前がここで負ければ、二度と再起の時は訪れない。永遠に負け犬のまま、一生を終えることになる」
「そうはなりませんよ? 勝つのは俺ですからね」
「……そうか」

 試合開始のベルが鳴り響く。
 微かに聞こえたアナウンスがなくなり、観客席も一瞬静まり返る。

「ならば、兄である俺が引導を渡してやろう」

 兄さんの背後に展開される無数の方陣術式。
 紫色の光が集まり、魔力エネルギー弾が撃ち出される。
 それは雨のように俺へと降り注ぎ、爆発の土煙で視界が塞がれる。
 
 終わったのではないか?
 そう思わせる光景を、彼らは見ていた。
 が、当然これで終わるなど――

「ありえない」

 赤い稲妻が走り、土煙を吹き飛ばす。