授業が始まる前、担任の先生が教壇に立った。

「来週の今日、親善試合が行われる。立候補者はいるか?」
「親善試合?」
「おい、まさかこれも聞いていなかったのかい?」
「え……ああ、うん」

 返す言葉もない。
 グレンは呆れながら、俺に説明してくれる。

「毎年入学してすぐ、一年生と三年生の代表が交流をかねて模擬戦をするんだよ」
「へぇ~」

 意味合い的には、交流というより世の中の厳しさを教える……みたいな感じらしい。
 自信満々の新入生が行き過ぎないよう、在校生が力を見せつける。
 
「外部の観客も入れるから、僕たちにとっては最初のアピールの場にもなるけどね」
「なるほど」
「ちなみに、三年の代表は大抵首席だ」

 主席と言う単語を聞いて、思わずびくっと反応した。
 
 兄さんが出てくるのか。
 
「立候補者はいないか? いないのであれば、首席のグレンにお願いするつもりだが」
「先生!」

 と手をあげたのはグレンだった。

「何だ? グレン」
「立候補ではなく、推薦してもよろしいでしょうか?」
「ん? まぁ、いいぞ」
「ありがとうございます。僕は彼を、リンテンスを代表に推薦します」

 グレンは俺を指示し、堂々と名前を強調してそう言った。
 ざわつく教室と、驚くシトネ。
 当のグレンはニヤっと笑い、俺は眉を顰める。

「グレン?」
「このクラスで一番強いのは君だ。代表と言うなら君こそふさわしい」
「いや、首席はお前だろ?」
「ああ、だが僕は君に負けたばかりだ。自分の実力不足を痛感させられている。それに……」

 グレンは表情を変える。
 ニヤついていた顔が一変して、真剣な眼差しを向ける。

「相手は君の兄だろう。ならば実力の話を抜いても、君が一番戦いたいと思っているんじゃないかい?」
「……」

 正直、図星だった。
 兄さんが相手と聞いて、戦うなら自分が良いと思ったよ。
 ただ、周囲の目もあるだろうから、今回は控えようかと思っていたのに。

「もちろん嫌と言うなら僕が出るよ。もしかすると、勝ってしまうかもしれないけどいいかな?」
「ふっ、わかりやすい煽りだな。わかったのってやる」
「決まりだね」

 俺は右手を挙げて先生に言う。

「先生、俺が出ます」
「うむ。皆もそれで構わないか?」

 反対なし。
 入学直後の俺だったら、きっと全員が反対していただろう。
 ここまで全てグレンの思惑通りだとしたら……相当な策士だ。
 
「ありがとな、グレン」
「僕は何もしていないさ。頑張ってよ、リンテンス」
「ああ」

 やるからには勝つ。
 兄さんが出るなら、両親も観戦に来るかもしれない。
 丁度良い機会だ。
 あの人たちに見せつけてやるとしよう。
 落ちこぼれと吐き捨てた男が、頂に届きうる存在になったことを。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「なるほどなるほど、親善試合で兄と戦うことになったか」
「はい。それで相談なんですが、師匠に模擬戦の相手をして頂きたくて」

 親善試合の話を聞いた日の夜。
 夕食を囲みながら、俺は師匠にお願いをした。

「ほう、そこまで必要かい?」
「必要だと思います」
「今の君なら負けることはないと思うけどな~」
「だとしても、完璧な状態に仕上げておきたいんです。今回は……相手が相手ですから」

 俺がそう言うと、師匠は小さく頷く。
 表情と言葉から、俺の気持ちを察してくれたようだ。

「わかった。が、残念ながら出来ないね」
「なぜです?」
「実は王国から僕に依頼があったんだよ。明日には王都を出ないといけないんだ」
「急ですね。内容は?」

 師匠は首を横に振る。
 どうやら極秘の任務のようだ。

「そうですか……」
「すまない。弟子の頼みを無下にはしたくなかったのだが、これもお仕事だからね」
「いえ、師匠は本来こんなところで遊んでいて良い人ではありませんから」
「はっはっはっ、別に遊んではいないのだが……」

 さて、となると誰に相手を頼むか。

「リンテンス、ここは友人に頼ったらどうだい?」
「グレンたちですか?」
「うん、彼らの実力であれば、君の相手も務まるだろう」
「そうですね。頼んでみます」

 師匠以外で誰に、と考えた時。
 まっさきに浮かんだのはグレンだった。
 
 翌日、俺はグレンにそのことを頼むと、二つ返事でオーケーを貰った。

「君との訓練なら望むところさ」
「ありがたい。じゃあ頼む」

 親善試合まで約一週間。
 出来る限り追い込んで、戦闘の感覚を研ぎ澄ます。
 今の俺にも、期待してくれる人がいる。
 期待してない奴らも、大勢見に来るだろう。
 そいつら全員を沸かせられるような戦いを見せてやる。

 そして何より、兄さんに認めてもらうため。

 一週間はあっという間に過ぎて――