【9/10コミカライズ】ナナイロ雷術師の英雄譚―すべてを失った俺、雷魔術を極めて最強へと至るー

「今日は校舎の案内をする。皆、私の後についてきなさい」

 先生が教壇でそう言う。
 黒板には長々と注意事項と説明が書かれていた。
 学外研修一回目は特に変わったこともなく終わり、翌日から普通の授業が始まる。
 不穏な気配はあったが……二回目に期待といった所か。
 そして今日は、今更かと思えるオリエンテーションの続きで、校舎の紹介がされることになった。
 俺たちは席を立ち、先生の後に続いていった。
 
 一階から順番にみていく。
 特別教室や職員室、食堂なんかはすべて一階だ。
 続く二階は一年生の教室で、さっと流してみていく。
 三階も二年生の教室で、造りや風景はさほど変わらない。
 四階も同様なのだが、俺はちょっと憂鬱だった。
 この階層には、あの人がいる。

「そういえば、君のお兄さんが三年にいるのではなかったかい?」
「……ああ」
「え、リンテンス君ってお兄さんがいたの?」
「おや? シトネさんは知らなかったのか。アクト・エメロード三年首席。この学校で今、最も聖域者に近い人だよ」
「そ、そうだったんだ」

 そう言いながら、シトネは俺に目を向ける。
 俺が浮かない顔をしていることに気付いたのか、シトネが声をかけてくる。

「リンテンス君?」
「ん? ああ、そうだな。兄さんは凄いよ」

 無論、それだけじゃないけど。
 と、思った直後だった。

「久しぶりだな、リンテンス」

 その声は―― 

「兄さん」

 青黒い髪に、サファイアより濃い瞳。
 立ち姿、その風格は強者そのものであり、どことなく似ている。
 雷に打たれる前の自分と、姿が重なる。

 アクト・エメロード。
 俺の兄で、魔術学校三年首の座についている。
 いることは知っていた。
 この階層にくれば、出くわす可能性が高いことも。
 そして、会えば必ず、不穏な雰囲気になることも、容易に想像できた。
 今まさに、ピリピリと肌に刺さる緊張感が立ち込める。
 それを感じ取ったのか、三人を除く生徒たちは、目を背けながら先に進んでいった。

「お久しぶりです。兄さん」
「……ああ、十年ぶりか」
「……はい」

 淡々とした会話だ。
 仲の良い兄弟ではないと、誰もが思うだろう。
 冷たいその視線は、身内に向けられるような目ではない。
 まるで、親の仇を睨むように、兄さんは俺から眼を離さない。
 俺も……目は背けない。
 互いに無言のまま、気持ちの悪い静寂が続く。

「父上から」

 兄さんがぽつりと口を開く。

「入学したとは聞いていた。それも次席で……正直驚いたぞ。お前のような落ちこぼれが、ここへ入学出来ただけでも奇跡に等しいというのに」
「……そうでしょうね。特に、父上にとっては予想外だったでしょう」
「ああ。だが、それまでだ。お前ではこれより先に進めない」
「どういう意味です?」
「お前では聖域者にはなれないと言っているんだ」

 兄さんはそう断言して、俺にもっと冷たい視線を向ける。
 もはや殺意と言っても過言ではないレベルだ。
 常人なら震えあがってしまうかもしれない。
 でも、俺は引くことなく言う。

「それは、やってみないとわかりませんよ?」
「ほう、言うようになったな」

 バチバチと視線が火花を散らすようだ。
 途中、後ろ隣に立つシトネが、僅かに震えていることに気付く。
 俺に向けられたそれを、一番近くにいる彼女が感じ取ってしまっているようだ。

 兄さんは他の生徒たちに視線を向ける。
 小さく短く息をはき、俺の横を通り過ぎながら――

「いずれ思い知るぞ」

 そう言って、兄さんは去っていった。
 後姿が見えなくなるまで、俺はじっと兄さんを見つめ続ける。
 しばらくして、置いて行かれないようクラスメイトの元へ駆け寄った。

「大丈夫だったか? シトネ」
「う、うん……私よりリンテンス君は?」
「俺は平気だ。会えばこうなるってわかってたし」
「そ、そうなんだね」

 シトネは不安そうな表情で、俺をチラチラ見ては目を逸らす。
 兄さんのことが気になるけど、聞いてもいいのかわからない、という感じか。
 そういえば、兄さんのことは全く話していなかったな。
 機会もなかったし、話す理由もなかったからか。
 なら、今がちょうど良い機会なのだろう。

「シトネ」
「な、何?」
「帰ったら話すよ」
「……うん」

 シトネは優しく微笑み頷いた。
 こうして、午前のオリエンテーションは終わり、午後から授業が開始される。
 初めての授業は、魔術の基礎と歴史について。
 知っていることの反復でつまらない内容だった……と思う。
 正直、あまり集中できなかった。
 久しぶりに会った兄さんの顔が、言葉が頭に浮かんで離れないから。
  
 悶々としたまま時間は過ぎ、放課後となる。
 グレンとセリカと別れ、俺とシトネは屋敷に帰った。

「ただいま戻りました」
「おかえり。おや? 今日は随分としょぼくれているね」
「ええ……まぁ」
「うんうん、大体予想はつく。兄に会ったんだね?」

 師匠はずばり言い当てた。
 たぶん、千里眼で見ていたのだろう。 
 俺は頷き、ため息をつく。

「まぁまぁ、一先ず夕食にしようじゃないか」
「そうですね」

 作るのは俺なんだけど。

 それから普段通りに夕食をとって、片付けて。
 シャワーを浴びてから、俺は一人でベランダに顔を出した。
 すると、後ろから近づく足音に気付く。

「シトネか?」
「正解! よくわかったね」
「何となくだよ」

 師匠はもっと変な登場の仕方をするし、騒がしいからな。
 消去法でシトネしかいない。
 という分析は置いておいて、俺はシトネに話すことがあったんだ。
 シトネは俺の隣にくる。

「兄さんのことだけど……今でもいい?」
「うん、聞きたいな」
「わかった。俺が神童って呼ばれていたのは教えたよな?」
「うん」
「兄さんも最初は、同じように呼ばれてたんだよ」

 エメロード家に神童が生まれた。
 そうもてはやされ、周囲からも期待されていた。
 だが、それも長くは続かなかった。
 
 そう、俺と言う弟の誕生で、兄さんの人生は大きく狂ったんだ。

「簡単に言うとさ。俺のほうが才能を秘めていたんだよ。それで両親は喜んで、俺を鍛えることに全霊を注ぐことにした」
「じゃあお兄さんは?」
「放置された。この屋敷も元々は、兄さんが十二歳の頃まで暮らしていたんだよ」
「そうだったの?」
「ああ」

 そのことを知ったのは、師匠と出会ってしばらく後のことだった。
 古くて放置されていたはずの建物だったのに、なぜか最低限の手入れがされていたから、疑問には感じていたんだ。
 その後の経緯は簡単だ。
 俺が落ちぶれたことで、両親は兄さんを呼び戻し、代わりに俺をここへ放り込んだ。

「兄さんにとっては散々だろうね。俺の所為で振り回されたんだ。恨まれてても不思議じゃないよ」
「……」

 シトネは何も言わなかった。
 何を言っても、この時の俺には響かないと思ったのだろうか。