絶望の味を知っている。
 それは苦くて、痛くて、泥水を啜っているような嫌気が残る。
 今まで積み上げてきたものが一瞬で崩れ去ったとき、俺の心は絶望で支配された。

 その後に医者を何件か回り、高名な魔術師にも協力してもらった。
 しかし、はじき出される結論は全て同じ。

「こんな状態は見たことがない。残念ですが手の施しようがありません」
「命があったことを喜ぶべきではありませんか?」
「まずは落ち着いてください。一時的なものかもしれませんよ」

 違う、そうじゃない。
 俺がほしい言葉は、そんなペラペラな慰めやはぐらかしじゃないんだ。
 未来は明るいのだと言ってほしい。
 これはただの夢で、明日になれば覚めると何度妄想したことか。
 
 一日、二日、一週間と過ぎていく。
 必死になって解決法を探してくれていた両親も、次第に表情が険しくなっていった。
 俺に対する態度も、徐々に冷たくなっている。

「父上、明日は師団に行く日ですが……」
「そんなものはなしだ。今の状態で行って何が出来る? これ以上私たちに恥をかかせないでくれ」
「す、すみません」

 ついこの間までは褒められるばかりだった。
 冷たい言葉と視線は、俺の心にぐさりと突き刺さる。
 でも、辛いのは俺だけじゃない。
 どこかで情報が漏れてしまったのだろう。
 俺の起源が変質したという噂が広がり、各方面から説明を求める声が挙がっていた。
 それらに対応する父上の心労は、俺が考えられる範疇を超えている。
 母上もあの一件以降、急激に体調を崩されている。
 元々体力的に弱い人だったが、精神を強く揺さぶられ、今は一日の大半をベッドで過ごしていた。

 お前の所為だ。

 言葉にはされなくても、言われている気がしてならない。
 俺は不安と後悔を拭い去りたくて、寝る間も惜しんで修行に明け暮れた。
 それでも……

「くそっ……くそ! 何で出来ないんだよ!」

 今まで当たり前にやれていたことが出来ない。
 簡単だった魔術すら、うんともすんとも言ってくれない。
 動作、感覚に狂いはなくとも、元の起源がおかしくなってしまっている。
 唯一扱えるのは、雷属性の魔術のみ。
 たった一属性しか使えないなんて、名門とは名ばかりの落ちこぼれだ。
 それも五大属性は、一つくらい使えて当たり前の領域。
 
「まだ……まだだ!」

 俺は諦めずに修行を続けた。
 誰に言われたか忘れたけど、一時的なものかもしれない。
 ただの運任せに、天へ縋るなんて恥ずかしいことだけど、今はそれしかないと思った。
 来る日も来る日も修行して、ボロボロになるまで頑張った。
 努力すれば必ず結果が出ていたこれまでとは違う。
 どんなに自分を追い込んでも、身体に残るのは疲労と痛みだけだった。
 そして……

「やはりもう限界だ。こうなればアクトを連れ戻したほうがマシだろう」
「ええ」
「まったく一からやり直しではないか!」

 夜な夜な聞こえてくる会話にも、耳を傾けないようにする。
 聞いてしまえば、確定してしまうから。
 いいや、すでに決まっていたことなのだろう。
 俺の起源が変質し、力を失ってしまった時点で、運命は反転したんだ。

「リンテンス、お前は明日から別宅で移り生活しなさい」
「そ、それは……どうしてですか?」
「わからないのか!」

 父上は声を荒げて怒鳴った。
 わかっているさ。
 それでも、信じたくないと思ってしまう。

「お前に一体どれだけの時間と金をかけたと思っている? 我が一族の悲願……あと少しだったというのに、お前のミスで全て台無しだ!」
「……」

 本当なら家を追放したいと思っているのだろう。
 俺がまだ十歳と幼くなければ、この時点で追い出されていたはずだ。
 父上の目は、今までにないほど怒りに満ちていた。
 同時にゴミを見るような冷たい目で、俺のことを見つめている。
 
 怖い。
 
 俺はもう逆らえない。

「わかりました」

 翌日には屋敷を出て、王都の外れにある小さめの別荘へ居を移した。
 普段は使われない別荘で、手入れこそされているが完全じゃない。
 本宅のように使用人もいないから、全て自分でこなさなくてはならないという点も違う。
 十歳で一人暮らしなんて、捨てられるのと大差ないだろう。

「ぅ……」

 俺は毎晩のようにベッドを濡らした。
 自分以外誰もいない家。
 やさしい言葉なんて、ここ数週間は聞いていない。
 最後に見た人の顔は、俺を人だと思っていない冷たいものだったし。
 何よりそれが、実の父親だったから余計につらい。

 孤独だ。
 一人ぼっちで泣いている。
 虹みたいに輝いていた世界が、白黒になってしまったような感覚。
 上下も、左右も逆さまで、何もかもが違う世界。
 俺はこれからも、この孤独と仲良く暮らしていかなくてはならないのだろうか。
 そう思うとやるせなくて、今すぐ消えてしまいたいとさえ思ったんだ。